fawn and wayward




 良く晴れた日曜日。カーテンの隙間から日がもれてまぶしさに目を覚ます。何時だろうかと携帯を開くと、11時になろうとしているところだった。
ふと横を見ると、一定の寝息を立ててグリムジョーが寝ている。俺もグリムジョーも朝は弱く、休日はいつもゆっくり寝ている。これでもまだ早いくらいだ。
もう1度寝てしまおうかと横になるが、目が覚めてしまっているらしく、眠りに落ちてくれない。それでも起き上がるのは嫌で、俺はグリムジョーを眺めてみた。
いつも立てている髪は完璧に下りている。少し幼くなったように見えて、その寝顔が可愛いと思ってしまう。そっと手を伸ばしてその髪に触れる。顔にかかる前髪を手ですくように撫でるとグリムジョーはパチッと目を開いた。 そして目の前にいる俺をじっと見る。
『すまん・・・・起こしたか?』
『・・・・・・いや・・・何時だ?』
『11時を少し回ったぐらいだ』
『そんな時間か。今日は早ぇじゃねぇか』
『目が覚めた』
 冷静に対応しつつも内心は驚いている。急に起きると思っていなかったため、グリムジョーの髪を触っていた手が不自然な形で止まっている。何事もなかったかの様に引っ込めようとした瞬間、その手はたやすくグリムジョーに捕まってしまった。
グリムジョーを見るとニヤリと笑って、その手を自分の頬に当てる。
『相変わらず冷てぇ手してんな』
 グリムジョーの手は暖かい。そして頬も。グリムジョーは体温が高い。俺の手が冷たいから余計にそう感じてしまうのかもしれないが・・・・・。重なった手から温もりが伝わってきて・・・・・心まで暖かくなる。
今も同じベッドの中でその温もりが俺を満たしていく。
『そう言うなら離せばいいだろ?』

 ―――――せっかくの温もりが冷めてしまう。俺のせいで。

 そう思うのにグリムジョーは離してくれず、目を閉じてしまった。
『誰が離してやるかよ』
『・・・・お前が冷たくなってしまうだろう・・・・?』
 そう俺が言うとまたグリムジョーは目を開けて真っ直ぐに俺を見てから頬に当てていた手のひらに自らの唇を押し当てた。そこからもまた熱を感じてしまう。
驚きに目を見開くとグリムジョーは俺を引き寄せ抱きしめた。
『バーカ。俺がお前如きの体温で冷たくなるわけねぇだろ。お前が俺の体温に染まるんだよ』
 確かにグリムジョーの体はさっきから俺の冷たさに負けず暖かい。触れている手も・・・・・・さきほどよりはるかに暖かくなってきている。それをグリムジョーも感じているようでニヤニヤと勝ち誇ったような顔で見てくる。
それに少し苦笑してグリムジョーに擦り寄ると、俺のめずらしい行動に驚いたようで、グリムジョーの体が一瞬固まった。しかしそれも一瞬のことで、すぐに俺を抱きしめ返してくれる。
『お前は本当にいつも暖かいな』
『ぁあ?・・・・・お前が冷たすぎんだよ』
『ならば丁度いいじゃないか』
 顔をあげて少し笑うと、グリムジョーも“そうだな”と俺の髪を撫でた。

 温もりは名残惜しかったが俺達は少し遅めの・・・・・いつもより早めの朝を迎えた。
グリムジョーが顔を洗ってくるというので俺は2人分のコーヒーを淹れる。朝はいつもこれと決まっている。一番目が覚めるから。コトッとテーブルに置くと、グッドタイミングでグリムジョーがリビングに入ってくる。そしてテーブルの上のコーヒーを見てから俺を見て・・・・ツカツカと俺の方に歩いてくる。
俺の前に立つと、手を伸ばしギュッと俺を抱きしめる。頭の上から小さな声で“サンキュ”と聞こえた。
 グリムジョーはよくこうして俺を抱きしめる。だけど俺はいつもどう反応していいかわからなくて悩んでいる。最初はただ抱きしめられてるだけで、棒立ちでいたんだが・・・・・グリムジョーに“手ぐらい回せ”と言われ、最近はとりあえず背中に手を回すようにはしているのだが・・・・・それだけでいいのだろうか?だからと言ってなにをしたらいいのかさっぱりわからないのだが・・・・・。
『・・・・・俺も顔を洗ってくる・・・・』
 なぜか気まずくて俺はグリムジョーから離れリビングを出た。


 顔を洗って戻ってくると、グリムジョーはコーヒーを片手に新聞を読んでいた。
さっきの行動は不自然ではなかっただろうか?グリムジョーは怒っていないだろうかと少し心配だったが、怒っている様子はない。背中しか見えないから本当のことろどうだかわからないが・・・・・。少し罪悪感があることは確かだ。さっきグリムジョーは俺に礼を言った。それを無視した・・・・と言われてもおかしくはない。
 俺はそっとグリムジョーに近づく。そしてついっと髪を摘んで軽く引っ張ってみた。
俺の気配には気付いていたようだが、まさかそんなことをされるとは思っていなかったのだろう、グリムジョーは引っ張られた箇所を手で押さえてバッと俺を振り返った。
『何しやがんだウルキオラッ』
『・・・・・・今日は・・・・髪上げないのか?』
 さっきのことを謝ろうかとも思ったが、グリムジョーがもし気にしていなかったのなら謝ってもややこしくなるだけだろうと思い、俺はあえて話をずらすことにした。それにさっきから気になっていたことも確かだ。いつもなら顔を洗ったときにセットしてくるのに、今日はずっと下ろしたままなのだ。
『・・・・上げたほうがいいのか?』
 逆に聞き返され俺は返答に困る。俺としてはどっちでもいいのだが・・・・・そんなことを言ってはまた怒らせてしまうだろう。俺は考えた末・・・・・
『そのままでいい』
 と答えた。理由はこんな時間からワックスを使ってあげてもどうせどこも出て行ったりしないのだから 無駄使いしなくてもいいと思ったからだ。まぁ確かにいつもイカツイ感じなのが、下ろすことで雰囲気が変わって少し丸く見えて新鮮だが・・・。
『お前・・・下ろしてる方が好きなのか?』
 こんな俺の適当な考えも知らず、グリムジョーは結構真剣らしい。こんな必死なグリムジョーが可愛くてしょうがなくて・・・・・胸がキュッと熱くなるのを感じた。
『今日は・・・下ろしてて欲しい』
 今度は適当なんかではなく・・・・本当に今日は下ろしてて欲しいと思ったのだ。
『そうか』
 グリムジョーの顔が心なしか少し赤みを帯びているように見えた。そして、めったに見せない柔らかな笑み。付き合い始めて結構立つがこんなグリムジョーを見たのは初めてのことだった。俺もそれが嬉しくてつい笑みをこぼしてしまった。
そして目に入ったのはマグカップ。そういえばコーヒーを淹れっぱなしだったと思い出し、俺も席について少し冷めたコーヒーに口をつける。目の前のグリムジョーを見ると・・・・・新聞を読み終わってしまったのか半分に折りたたんでいる。そして端において、残りのコーヒーを飲み干してしまった。
空のカップが置かれグリムジョーがつぶやく。
『腹減った』
 さっきまで寝ていたといってももぅお昼を回っている。腹もすくだろう。そういえば俺も腹が減った。
『なにか食いたいものあるのか?』
 その問にグリムジョーは少し考えたあと、
『卵焼き』
 とつぶやいた。
 その顔に似合わぬ答えに噴出しそうになりつつも、機嫌を損ねさせるとやっかいなので我慢する。笑いを必死に堪えつつ『他には?』と聞くと『任せる』という答えが返ってきた。
 任せるといわれても・・・・・。とにかく俺は冷蔵庫になにがあるのか確認することにした。
卵はある。ねぎに豆腐・・・・油揚げがあるので味噌汁もつくれそうだ。冷凍庫にカレイの開きもあった。飯を炊けば完璧な和食。
『ちょっと時間かかりそうだけどいいか?』
『かまわねぇよ』
 それを聞いてから俺はキッチンに立つ。まずは米を洗い、炊飯器を仕掛ける。
ねぎと豆腐を切ってカレイを魚焼き機に入れて・・・・・卵を取り出したところでさっき抑えたはずの笑いがまたこみ上げてくる。卵焼き・・・・・・・そんなムスッとした顔で卵焼きとか言うな・・・・と思う。なんで今日のグリムジョーはこんなにも可愛らしいのだろうか・・・・・?
『何ニヤけてんだよ?柄でもねぇ』
 卵を眺めながらニヤけているところをしっかり見られてしまった。恥ずかしさに、冷蔵庫を閉めさっさと卵焼き作りに取り掛かる。グリムジョーに背を向けて。
それが気に食わなかったのか後ろからただならぬ威圧を感じる。
それには気付かぬフリをして卵を割り、箸で溶く。
『シカトしてんじゃねぇよ』
 さすがにヤバイか・・・・・・。そう思い、ボールを持ってかき混ぜながらグリムジョーのほうを向く。
明らかに不機嫌な顔。これは本当にまずいかもしれない・・・・・。
『・・・・・・なに言っても怒らないか?』
『俺を怒らすようなことなのか?』
『・・・・・わからないが・・・・・』
『じゃぁ言え』
 そう言われてしまうともぅ引き返せない。俺は仕方なく口を開く。
『卵焼きとか・・・・言うから』
『ぁあ?言っちゃいけねぇのか?』
『・・・・・・なんか似合わない』
 はっきりと言うと、グリムジョーは少し固まった。怒ったのだろうか?嵐の前の静けさ・・・・?
『グリムジョー・・・?』
『食いもんに似合うも似合わねぇもねぇだろーが!!・・・・・・仕方ねぇだろ・・・・・・お前の作った卵焼き・・・・・うめぇんだよッ』
 顔を赤らめて俯くグリムジョーを、俺は凝視してしまった。
 今までグリムジョーの口から“うまい”なんて言葉聞いたことがなかった。何を作っても残さず食べてくれていたからまずくはないのだろうと思っていたが・・・・・・まさかうまいなんて言われると思ってなかった。
『卵焼き・・・・好きなのか?』
『・・・・ちげーよ。お前が作るのがいいんだよ』
『じゃぁ・・・旨いの作る・・・・』
 こんなにも嬉しいと思わなかった。幸せだ・・・・・。


『いただきます』
 思っていたよりずいぶんと早く用意が出来た。向かい合って座って、いつもの通り昼食。ただ気持ちはいつもとは違う。
“うまい”と言ってくれた卵焼き。今日のは大丈夫なんだろうか?そんな不安と、いつもはまったくとまでは言えないがそんなに気にならなかった他の料理の味も気になってくる。グリムジョーが口に運ぶたびに気になる。
そしてついに卵焼きに手が伸ばされた。すぐにグリムジョーの口に収まり、パクパクと食べられていく。グリムジョーも表情に出さないためいまいち 何を考えているのかよくわからない。でも“うまいか?”なんて聞く勇気もなくて・・・・・。そんな俺の気持ちを察したのか、グリムジョーがいきなりつぶやいた。
『うまい』
『?!』
『そんな心配そうに見なくてもうめぇよ。言ったことなかったけど、お前が作る飯全部うめぇ』
『ほんとか・・・?』
『何回も言わせんじゃねぇよ!』
 本当に欲しい言葉をくれる。普段は恥ずかしがって言わないくせに、俺がほしいと思えばすぐ察して、どんな言葉でも口にしてくれる。自分の恥ずかしさを押し殺して。そんなこいつだから・・・・・・俺はグリムジョーから離れられない。グリムジョーの望むことをさせてあげたいと、してやりたいと思う。
『・・・・肉じゃが』
『・・・?』
『今日の晩。肉じゃが食いたい』
『・・・・・わかった』
 無言で茶碗を突き出すのはおかわりの合図。俺は茶碗を受け取り、御飯をついで手渡してやる。
“うまい”と思ってくれていると知ったから・・・・・これから飯作るのが楽しくなりそうだな。
味噌汁をすすりながら卵焼きを頬張るグリムジョーをみながら、俺も御飯を口に運んだ。


『キスしろ』
 洗い物を済ませてソファに座りテレビを見ているグリムジョーの隣に腰を下ろしたとたんに言われる。
キス??なぜいきなりそうなるのか俺にはさっぱりわからない。でも・・・・・これもよくあること。勝手にするときは何も言わずにするくせに、時々こうして言ってくる。最初は戸惑いもしたが今はそれなりに対応している。でも今日は・・・・・
『勝手にすればいいだろう?なぜわざわざ俺に言う』
 したいのならすればいい。なぜそう命令するのかわからない。
『・・・・・言わなきゃしてくれねぇだろ・・・』
『はぁ?』
『ッ・・・いつも俺からばっかりでテメェからはしてこねぇだろーがっ!だからわざわざ言ってんだよッ!』
『・・・・・して欲しかったのか?』
『・・・・・なんか違ぇ。・・・・・・お前にも俺を求めて欲しいんだよ・・・』
 それだけ言うとソファの上だというのに起用にあぐらをかいて俺に背を向けてしまった。
 ・・・・俺が求める?そういえばいつも俺からキスするときはグリムジョーに言われたときだけ。俺の意思でしたことはない。グリムジョーはそれが嫌だったのか。
 キスしたいという気持ちが今までなかったわけじゃない。今日だって・・・・・朝寝顔を見たとき本当はキスしたかったのだ。キスなんかしたら起こすと思ったから髪を撫でたのに結局起こしてしまったが・・・・。
 キスしたい・・・抱きつきたい・・・・・そんな思いは俺の中で溢れている。溢れるほどあるくせに10分の1も出せないでいる。どこかで制御してる。踏み出すのを恐れている。

 ――――――グリムジョーに嫌われるのを恐れているから。

 甘えるのが怖かった。だから自分の気持ちを抑えていたのに・・・・・。
グリムジョーは求めてくれた。俺がグリムジョーを求めることを待っていてくれた。グリムジョーが出してくれていた小さな信号に・・・やっと気付けた気がした。
『グリムジョー・・・』
 広い背中に抱きつき驚いた顔に唇を押し当てる。
『ウルキオラ?』
 こっちを向いてくれたグリムジョーの腕の中に収まる。今までの抑えていた気持ちはない。心から思い切り甘えている。
いつも以上に心地良く、暖かい気がした。甘えるとはこんなに気持ちのいいものなのか?
いつもとは違う俺に戸惑っていたグリムジョーが ようやく落ち着き俺の髪を撫でる。
『ウルキオラ・・・・もっとキスしろよ』
『言われなくても・・・・』
 もう恐れることはなくなった。グリムジョーも望んでいると解ったから。抑えなくていいのだと知ったから。
 俺はそっと唇を寄せていった。


『明日はハンバーグ作れ』
『・・・わかった』
 お前のわがままならいくらでも・・・・・・・・。

                                                               end