現世デート〜お花見編〜




『桜・・・・見たくねぇか?』


 そう切り出したのは俺。
だが別に花が好きなわけじゃねぇ。
ただ・・・・この桜って花だけはなんでか知らねぇが、柄にもなく綺麗だと思ってしまって・・・・。
この桜はもちろん俺達が住むこの世界には存在しない。現世のものだ。
俺だって雑誌見るまでこんな花あるってことすら知らなかったし。
だから、写真でこんなに綺麗なら実物がどれほど綺麗なのか見てみたいと思って・・・・・。
それと・・・・ウルキオラにも見せてやりたいと思ってしまって。
ウルキオラに写真は見せない。連れて行って実物を見て綺麗だと言わせたい。
そう思うから・・・・・。

『サクラ・・・・とはなんだ?』
『花だ。現世に咲く桃色の花。今が丁度いい季節なんだとよ』
『グリムジョーがそんな風情のあることを言うなんて珍しいな』
『・・・・・行きたくねぇか?』
『・・・・・お前がそこまで言うならさぞ美しいのだろう?俺も見てみたい。その花』

 少しホッとした。
行ってくれないかもしれないという不安がなかった訳じゃねぇから。
いい返事でよかった・・・・・。胸を撫で下ろし、ウルキオラを抱き寄せる。
抵抗もせず大人しく俺の腕の中にすっぽり入るウルキオラ。
片腕で頭を抱きかかえるように抱きしめ、その漆黒を優しく撫でる。

『じゃぁ・・・今晩行くか』
『晩?夜に見るのか?』

 俺の急な提案と“夜”だというところが引っかかったのか、パッと顔を上げるウルキオラ。
その不思議そうな顔に頷いてやると、俺に任せると言う様にまたポスッと倒れこんできた。
 俺が雑誌で見た桜は2種類。
昼・・・明るいうちの物と夜の暗い中の桜。
明るいところで咲き乱れる桜も綺麗だと思ったが・・・・・。俺の目を惹いたのは俄然、夜桜。暗い中光るそれは妖艶で・・・・とても美しかった。
なぜか夜桜を見てウルキオラを連想してしまったが・・・・・それは伏せておいて。
黒に支配されることなく、逆にその黒を生かし自分を輝かせて見せるそれに、俺は目が離せなかった。たかが写真だというのに。
だから・・・・ウルキオラにも見てほしい。そう思った。


 雑誌に載っていた夜桜が一番綺麗に見えるという公園。
その公園まで一気に行くのもよかったが・・・・・現世に到着してすぐに桜が見えてもしらけてしまう気がして・・・・ 俺は少し公園から離れたところにゲートを開く。
夜道を歩いて・・・・たまにはこんなデートもいいもんだろ。

『人がいないな・・・』
『さすがにこの時間じゃいねぇだろ。とっくに日付が変わっちまってる』

 他愛もない会話をポツリポツリとしながら並んで歩く。
いつもより歩くスピードが遅いのは・・・・・ちょっとでもこの時間を2人でいたいからか・・・・。
 誰もいないのをいいことに、俺はそっとウルキオラの手に自分のそれを重ねてみる。
めったに繋いで歩くなんか出来やしねぇ。今繋がなきゃいつ繋ぐ?
拒否られるかと思いきや握り返された手にビックリする。それに少し調子にのった俺は指を絡めて・・・いわゆる恋人つなぎにしてみる。それでもウルキオラは何も言わず・・・・俺を見上げてくる。

『こんな風に繋いで歩くのは初めてだな』

 恋人つなぎのことだろう。
そりゃぁ・・・・こんな夜誰もいねぇとこなんか歩いたことねぇから繋ぐ機会もなかったしな。
遊園地では普通に握ってただけだし。確かに初めてだな。

『嫌か?』
『いや・・・・不思議な感覚だ』
『そうかよ。・・・おっ、もうすぐ着くぜ』

 前方の少し明るいところを指差す。
たぶん街灯の明かりだろう。

『あそこにサクラがあるのか?』
『あぁ。夜に見るから夜桜』

 黒の背景に桃色が映える。
一歩一歩、歩みを進めるうちに、だんだんと見えてくる・・・・・。
俺が写真で見た風景・・・いや、そんなもの比べもんになんねぇくらいの絶景。
春の暖かな風に乗って花びらがここまで飛んでくる。
ウルキオラはそれを空いているほうの手で捕まえ・・・・パッと手のひらを開いた。
そこには確かに一片<ひとひら>の桜の花びら。
俺自身もまとまった木の状態でしか見ていないから、花びらを見るのは初めてで・・・・・こんなちいせぇもんがあんなに大きく・・・美しく見えるもんなのかと思わず息を呑む。

『ウルキオラ、見えるか?アレ』

 視線をあげるように言うと、ウルキオラは自分の手のひらから前へと視線を移した。そして、それを見た瞬間ウルキオラの目が見開かれた。
言葉がつまる。“綺麗”の一言さえ言えない。
それほどまでに強い。この桃色の支配。
空の黒の方がよっほど大きいはずなのに。それすらも飲み込めそうな明るい桃色。

『これが桜だぜ?こんなちっせぇのが集まっただけであんなんになっちまうんだ・・・』
『・・・・綺麗だな』
『あぁ・・・・』

 ゆっくりと歩みを進め、桜の木の下までやってくる。
落ちる花びらは数えることも許さないほど。
それだけ落ちてなおもこの輝き。
 ふと、ウルキオラを見ると・・・・・じっと桜を眺めている。
やはりよく似合う。ウルキオラの体のラインにそって流れていく花びらは、ウルキオラの一部のようで・・・・。

『綺麗だ』
『あぁ・・・・そうだな』
『ちげーよ。お前』
『はぁ?グリムっ・・・ん・・・っ』

 吸い寄せられるように口付ける。
桜の木にウルキオラを押し付けて。
何度も何度も、息があがるまで。
そうしないといけない気がした。
そうしなければ・・・・・桜にウルキオラを取られるんじゃねぇかとかそんなバカげたことが頭をよぎって。少しでも俺をウルキオラの意識の中に入れないと・・・と。
ウルキオラの心が奪われてしまわぬように。

『んっ・・・・はぁッ・・・く・・・るし・・・ッ』

 その声にハッと我に返る。
目の前にはすっかり息を乱し、ぺたんと座り込むウルキオラ。酸素を求めて何度も荒い呼吸を繰り返す。

『悪ぃ・・・大丈夫か?』
『・・・・・ッどうしたんだ?・・・・何か・・・変だぞ』
『あぁ・・・そうだな・・・』

 さっきまで考えていたおかしなこと。
今考えるとバカらしすぎて、本当にどうにかしちまったんだと思う。
俺もペタンとウルキオラの前に座り、俺を心配そうに覗き込むウルキオラの手を引いた。
ウルキオラは膝立ちになって、俺の腕の中におさまる。落ち着くようにゆっくりと息を吐き出すと、ウルキオラは俺の髪を優しく撫でた。

『大丈夫だ。グリムジョー・・・俺は此処にいる』
『・・・ウ・・・・ル』

 細い腰を抱きしめ、胸に顔を押し付ける。
もう一度髪を撫でられ、顔をあげると、ウルキオラからの口付け。
俺がさっきやったようなものではなく、優しく奪っていく。
その心地良さに、俺はしばらくウルキオラに全てを委ねた。


 木の幹にもたれて座る俺の足の間に、ウルキオラが俺にもたれて座っている。
上から降ってくる桜を2人で静かに見上げていた。
自分達以外誰もいないこの広い公園でにいると、2人だけの世界になってしまったか、もしくは2人だけの世界に来てしまったかのような錯覚に陥る。
本当にそれほど静かで・・・・・心地良い。

『これを花見つーんだよ』
『花見?』
『あぁ。つっても昼の花見はもっと騒いで食って飲んで・・・ってするみてぇだけどな』
『そうか・・・・』
『そっちの方がよかったか?』
『・・・・・俺は・・・・こっちのほうがいい』

 “騒ぐよりもお前と2人でこうしている方が楽しい”と続けるウルキオラの肩口に頬を寄せて、口で言えない喜びを伝える。
“俺もお前と2人がいい”というのはちゃんと言葉にして伝えると・・・・・

『じゃぁ来年も来ような』

と返ってきて・・・・・。
それってつまり・・・・・?

『来年も一緒にいようなってことだよな?』
『当たり前だバカ』
『ッ?!』

 冗談で言ったつもりが・・・・・本気で返され嬉しいのと訳がわからないのとで俺の頭の中はパニックになる。
これも全部桜のせいだ。俺がおかしくなったのもウルキオラがこんなこと言い出すのも全部全部・・・・・・この桜にあてられたからだ・・・・。


 夜が明ける前に帰ろうと、それまではずっと桜を眺めてキスをして・・・・。
一緒に部屋でいるときよりもくっついて。
少し名残惜しくも、帰らなければと腰を上げる。
ウルキオラが言うように、また来年くればいい。
桜の木に誓って、ゲートを開く。
帰り際、朝日に照らされた桜もまた・・・・・夜の桜に負けず美しかった。
腰をあげた瞬間から2人の手は繋がれたまま。
それはこれからも・・・・・ずっとずっと。見えなくても、繋がれたまま・・・・・。


                                                                     end