evidence




『いてぇ・・・・』
 風呂に入って背中を濡らした瞬間ピリリと痛みが走る。
その痛みの原因を知るために鏡に背中を映して振り返り見てみると細く赤い痕が数箇所。引っかき傷も数本。
肩から背中にかけて描かれている。
間違いなく爪痕。
そんなものを付けられるのは決まっている人物で・・・・・。
 痛いのになぜか嬉しい。
これだけ必死にアイツが俺にしがみ付いていると考えたら顔がニヤけて止まらない。
鏡に映った自分のニヤケ顔を見てグッと口を閉めなおす。
 背中を伝うお湯も慣れれば痛みも感じなくなり、さっさと洗って風呂場を後にした。


 風呂から出た後、ソファに座るウルキオラの隣に腰を下ろす。
無造作に投げ出された手を取り黒く塗られた爪を見ると・・・・・やはり。
その爪とウルキオラを交互に見るとウルキオラは不思議そうな顔をして俺を見つめる。

『なんだ?』
『・・・・爪、いてぇんだよ』
『何がだ?』

 気付いていない様子のウルキオラに背を向け、服をまくって背中の傷を見せる。
見にくかったのかウルキオラは服の裾を少し持ち上げた。
触れた手がくすぐったい。
ウルキオラは背中に残されたその傷跡を少し見た後、何を思ったのかそれを指でなぞりだした。

『いっ・・・・てぇな!!何しやがんだよ!!』
『これをどうしろというんだ?』
『ぁあ?ちげーよ。テメーの爪が伸びすぎてっからこんなんなっちまうんだ。爪切れよ』

 これ以上傷をえぐられても堪らねぇからまくっていた服を下ろしウルキオラの方を向きなおす。
ウルキオラは丁度自分の爪を眺めているところで・・・・・。
そしたら急に立ち上がり小さな引き出しの中から何かを持ってまた戻ってきた。
そして、その持ってきた物を俺に差し出して・・・・。

『切れ』
『・・・・俺がか?』
『他に誰がいる?』
『んなもん自分で切れよ』
『いいからやれ』

 持ってきて俺に差し出したのは爪切り。
他人の爪なんか切ったことねぇし・・・・・。身まで切りそうであまり気は進まない。
それなのにウルキオラは無理やり俺に爪切りを持たせ、俺を引っ張ってソファから降ろし床に座らせると、その俺の足の間に体を潜らせ座った。
仕方ない・・・・と後ろから抱きしめる形でウルキオラの手を取り爪切りを当てる。
少し緊張しながら爪切りを握ると、パチンという軽い音がして薄い爪が宙を舞う。
同じようにパチンパチンと爪を切り落としていくと、下に敷いた紙の上に切った爪が落ちていって溜まる。
片手が終わってもう片方の手を取りまた切っていく。

『気持ち悪い・・・・』
『なにがだよ?』
『爪がなくなってムズムズする』
『伸ばしすぎなんだよ。あ〜動くなって。身切るだろうが』

 やっと切るのも慣れてきているのに今動かれると失敗しそうで困る。
抱きしめる腕の力を強めてウルキオラを固定するとウルキオラは苦しそうに身を捩った。
真剣にウルキオラの手を見ている俺をウルキオラはじっと見ている。
それはわかっているが目を逸らせない俺は爪を見つめたまま。
そしたら頬に柔らかな感触。
一瞬動きがとまりウルキオラを見る。

『・・・・・なに・・・してんだよ』
『・・・・・なんとなくだ・・・・』
『あぶねぇつってんのに・・・』

 こっちは真剣にやってるっつーのに人を煽りやがって。
頬にキスなんて・・・・後で憶えてろよ。
仕返しに耳にかぶりついてやって大人しくなったところで爪切りを続行する。
後は小指を切るだけ。
パチンと軽快な音がしてなんとか爪切りが終了し、ホッと一息つく。

『終わったぜ。結構うまく切れてんだろ?』
『爪の黒がはがれた。塗りなおせ』
『・・・・テメー・・・・なんで俺がそこまで・・・・』

 マニキュアを取りに行かせない様にぎゅぅっとウルキオラを抱きしめ自分の中に閉じ込める。
なのにウルキオラは平然とどこからか取り出したそれを俺に手渡した。
初めから俺にやらせる気で爪切りと一緒に取って来ておいたんだろうが・・・・・。
渋々それを取って、俺はもう一度気を締めた。


 はみ出ないように黒を滑らせる。
手の普段使わないような変なところに力が入り少し痛い。
それでも後少しで終わる。この指が終われば・・・・。

『しゃぁっ終わった!!これで文句ねぇだろ?!』
『あぁ。文句ない』
『だぁ〜〜疲れた・・・・。もうしばらくはこんな緊張いらねぇ』
『・・・グリムジョー・・・重い・・・・』

 ウルキオラに覆いかぶさるようにして倒れこむと体の硬いウルキオラは苦しいのかくぐもった声を上げた。
すぐ近くにウルキオラの顔。
さっき煽られた俺はすっかりその気モードで・・・・。
柔らかい頬に吸い付くように唇を寄せる。
ウルキオラの体をこちらに向けて向かい合って、小さく口付ける。
きゅぅっと抱きしめてウルキオラの胸に顔を埋めると、ウルキオラが俺の肩をキュッと握る。
そこに食い込んだ爪はもう刺さることなく・・・。
深く口付けようとした瞬間、パッと目の前に手を持ってこられて止められる。
ムッとしてウルキオラを見ると、自ら口付けてきて・・・・・。
それも一瞬で離れてウルキオラはまた俺に背を向けた。
そうするとなぜか俺の手を持って・・・・・さっきまで使っていたマニキュアの蓋を開け、それを俺の爪に滑らせた。
驚いた俺は手を振りほどこうとしたがウルキオラにキッと睨まれ大人しく抵抗をやめた。
表情にこそ出ないがどこか機嫌がよく楽しそうなウルキオラ。
そんなウルキオラを見るのは俺も嬉しくて・・・・・。
かまってほしいという気持ちはあったが真剣にやっているウルキオラの邪魔は出来ないと大人しく堪えていた。
あぁそうか。ウルキオラもきっとこんな気持ちだったんだろうな。
だからあの時俺にちょっかいかけたくてキスしたんだ。
本当にそうかはわからないがそうだと嬉しいなと思った。
 じっとこっちに背中を向けているウルキオラを見るのも飽きだしていたころ・・・・・。
やっとのことで出来たようでウルキオラが俺の手を離した。
やっとウルキオラにかまえる・・・と思った瞬間、ウルキオラに

『おそろいだな』

 ・・・・・・と笑顔で見上げられ、俺はただただウルキオラを抱きしめていた。
重なった2人の手の爪はおそろいの黒だった。



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