現世デート〜水族館編〜




 すっかり現世にはまってしまったウルキオラはあれからよく現世のことを調べるようになった。
もとから勉強家ではあったけどな。
特に現世の遊び場はよく調べる。
気になってるところはチェックしているようだ。
それが最近の楽しみになっているらしく、行くよりも探すことを重点においているように見える。
それを少しおもしろくないと思っていた丁度その時、ウルキオラが雑誌を持って俺のほうへ歩み寄ってきた。
『どうした?わからないことでもあったのか?』
『・・・・・明日、ココに連れて行け』
 目の前に差し出される雑誌を見るとそこに載っているのは泳いでいる魚の群れ。
あぁなるほど。水族館か。
『水族館に行きたいのか?』
『あぁ。どんなところか見たい』
『いいぜ、連れて行ってやるよ。でも・・・・・お前もっといろんなとこ調べてんだろ?なんで全然言ってこねぇんだ?』
『それは・・・・・・』
 なぜか口ごもるウルキオラ。
そうされると益々気になる。
無理やりにでもしゃべらしたくなる。
ニヤリと笑って雑誌を握るウルキオラの手を取って引き寄せると、簡単にバランスを崩して俺のほうへと倒れこんでくる。
その体を逃がさぬように抱きしめてやるとウルキオラはムスッとした顔で、なにか言いたげに俺を見てきた。
『なんだよ。言うまで離さねぇぞ』
 ウルキオラがギッと俺を睨む。
その顔さえも可愛くて・・・・・余計に離したくなくなった。
ウルキオラも俺が離さないとわかったらしく、観念したようで・・・・・。
『あまり・・・・・我が侭を言い過ぎるのはいけないと思って・・・・・』
『はぁ?』
 ポツポツと遠慮がちに出される言葉は俺を気遣ってのことで。
要するにウルキオラは、行きたいところはたくさんあっても、それ全部に俺をつき合わせるのは悪いと思って我慢してどうしても行きたいところだけを俺に言ってきてるって訳だ。
ほんとにコイツは・・・・・。
『あのなぁウル、そういう気遣いは嬉しいけどな、俺だってウルといろんなとこ行きてぇんだからそんな遠慮してねぇで言えよ。一遍には無理だけどよ・・・・』
『言ってもいいのか?』
『なんつーか・・・・・逆に言って欲しいっつーか・・・・』
『じゃぁ今度から言う』
 そう言ったウルキオラは少し嬉しそうで。
もっと早くに言ってやればよかった・・・・・・と少し後悔した。




 ウルキオラが水族館に行きたいと言った次の日、俺達は現世に来ていた。
なぜかキョロキョロと辺りを見回しているウルキオラ。
人が多いから放っておくとはぐれてしまいそうで、思わずウルキオラの手首を掴んだ。
するとウルキオラはキョロキョロとしていた視点を俺で止める。
『なにキョロキョロしてんだよ。はぐれるだろうが』
『・・・・・・しかしグリムジョー、どこに水があるんだ?』
『・・・・・・・ぁあ?』
 わけのわからない質問に俺はジッとウルキオラを見返した後、先程ウルキオラが見渡していた辺りに視線を送る。
当たり前だがそこに水などあるわけもなく。
なぜここに水がいるのか、と逆に質問してみた。
『魚とは水がなければ生きられんのだろう?ココには水がないじゃないか』
『ぁあ〜〜〜〜〜・・・・・・・』
 なるほど・・・・・。
俺はそう言われてやっとウルキオラの言おうとしている意味を理解した。
確かにココに水はない。海も見えない。
そう、まだ水族館の中に入っていない。
ウルキオラは何を勘違いしているのか知らないがココが・・・・・この道端が水族館だと思っていたらしい。
おかしな話だが・・・・・。
『水族館はあそこだ。見えんだろ?あの建物』
 前方に見える魚の絵が描いてある建物を指差してやるとウルキオラはさらに頭の上にクエスチョンマークを浮かべた。
『あんな建物の中に水が入っているのか?』
『・・・・・・おまえさっきからどんなもん想像してんだよ?』
『・・・・??』
『あぁ〜〜〜もう説明してもわかんねぇだろ!入れりゃぁわかんだよ』
 ウルキオラの脳内でどんなものが想像されていたのかは気になるが明らかに勘違いしていることに変わりはない。
見せたほうが早いだろうと俺は水族館の中へウルキオラを引っ張っていった。



 中に入るとまず細い道。
そこにまだ水槽はない。
だがそれを抜けると一気に広い空間になって左右に大きな水槽が現れた。
その中には自由に泳ぐ色取り取りの魚の群れ。
大きさもさまざまだ。
『どうだ?想像してたのと一緒か?』
 からかうように聞くとウルキオラは小さく首を横に振った。
そしてその後に言葉を繋げる。
『まさかこんな建物の中にあると思わなかった。それにこんなに簡単に見れると思ってなかった』
『・・・??どういう意味だ?』
『自分も潜らなければいけないのかと思っていたからな』
 至極真面目な顔で言われ、拍子抜けしたが俺はその後ブッと噴出して笑ってしまった。
どうやらウルキオラは、魚は海にいるものだということしか知らなくて、水族館とは海にいる魚を潜って眺めることだと思っていたらしい。
やっと今までのウルキオラの奇妙な質問の意味がわかり笑いが収まらない。
そんな俺をおもしろくなさそうに見ているウルキオラに気付き、なんとかキレる前にニヤける顔を引っ込める。
『そんな不機嫌な顔すんなよ。魚見てぇんだろ?』
 肩を抱き寄せウルキオラを水槽の近くへとつれてくる。
小さな黄色い魚がウルキオラの目の前を何度も往復して・・・・・まるでウルキオラに自分をアピールしているようでおもしろくない。
魚にまで嫉妬する俺もどうかと思うが・・・・・。
ウルキオラをチラッと横目で見ると、その魚をジッと見ていて。
そう思ったらパッといきなりこっちを向いて俺の服の裾をついっと引っ張った。
『可愛いな。グリムジョー、これはなんていう魚か知ってるか?』
『さぁな。俺だって詳しいわけじゃねぇからなぁ』
 ウルキオラのテンションがいつもより上がっていることは見て取れる。
水槽に顔をギリギリまで近づけて、子供のようにジッと中にいる魚を目で追いかけている。
ココの水槽の魚は割かし小さくて色も綺麗なものばかり。
だからこそウルキオラも飽きることなくジッと眺めている。
変わった魚が目の前を通るたびに俺の服の裾を引っ張り"見ろ"という。
本当にここまではしゃぐウルキオラを見るのは初めてだった。


 所変わってさらに奥に来ると今度は大き目の魚が多い水槽にたどり着く。
マグロや鮫などの見知ったものが多い。
が、ウルキオラはあまり知らないらしく、また不思議そうに見ていた。
“アレはなんだ?”と聞かれ、その魚の名前を言うとウルキオラは驚く。
ココの水槽にいる魚ならある程度は答えられる。
俺としては当たり前だったがウルキオラにしてみればどうして俺がそこまで知っているのかが不思議で仕方ないらしい。
『あ、マグロ・・・・・うまそう・・・・』
 ポソっと呟く俺の言葉をウルキオラは聞き逃さず、バッとこちらを向く。
それに“なんだよ?”と逆に聞き返すとウルキオラは困ったような顔をした。
『食うのか?』
『現世で1回食った。ココの水槽に泳いでるやつらほとんど食えるぜ』
『そうなのか・・・・・』
 俺には全てが旨そうに見えるこの水槽。
ウルキオラはどんな風に見ているのか知らないが・・・・・ウルキオラが見ているほうに目をやると・・・・・・鮫??
この水槽の中では1番でかそうな鮫を目で追っているようだった。
『鮫が気になんのかよ?』
『アレは鮫というのか。どこかグリムジョーに似ているなと思って・・・・・』
『アレがか?俺はアレより強ぇぞ』
『よかったな』
 はいはい、と流され次に行くぞと手を引っ張られた。
先を急かす子供のようで、俺は笑いを堪えながら引っ張られるままウルキオラについていった。


 そこから進んでいくと蟹とか海老とか、変わった形のやつとかいろんな水槽が並んでて、そこにはあまり興味を示さないウルキオラ。
軽く眺めて進んでいくとラッコとかアシカがいる水槽について・・・・・。
とくにアシカは人懐っこくて俺達の前で止まっては愛らしい動きを繰り返す。
『こいつら・・・・可愛いな』
『ウルキオラは意外に可愛いのが好きなんだな』
『・・・・・・そうかもな』
 少し恥ずかしそうに言うウルキオラがなんとも言えず可愛い。
魚見てるよりウルキオラ見てるほうがおもしれぇし。
 そんなことを思いながらふと辺りを見渡すと壁に貼り付けられている1枚の張り紙に目がいった。
ウルキオラがアシカと遊んでいる間に俺はその張り紙に近づき目を通す。
その内容はイルカのショーについてのことで・・・・・。
幸運なことに日付は今日だった。
時間を確認するともうすぐその開園時間だ。
きっとウルキオラはイルカも好きだろう・・・・と俺は真剣にアシカを見ているウルキオラの腕を引っ張る。
『なんだグリムジョー?もう少し・・・・』
『いいからこいよ。いいもん見せてやるから。アシカは後でも見れんだろ』
 邪魔をされてムッとしているウルキオラの腕を引き俺はイルカがいるプールに向かった。


 開いている席にウルキオラを座らせ、俺もその横に腰を下ろす。
『なにが始まるんだ?』
『いいから見てろよ。もう始まるからよ』
 っと、俺が言い終わるか言い終わらないかぐらいのときに目の前のプールから水しぶきが上がった。
ウルキオラがその水音に驚きそちらに顔を向ける。
そこへもう一度水面から飛び出したのはイルカ。
水面からはるか上にジャンプしてフラフープの小さな穴を綺麗に飛び越える。
次々に繰り広げられるイルカのショーにウルキオラは釘付けだった。
そんな時間もあっという間で・・・・・。
『どうだったよ?あぁいうの好きだろ?』
『あぁ。すごかった』
 ショーも終わったというのになかなか腰を上げようとしないウルキオラ。
俺がスッと先に立ち上がると、ウルキオラは後ろから俺の服を掴んだ。
『どうした?』
『グリムジョー・・・・その・・・・ありがと・・・・』
 俯きながらボソボソと礼を言うウルキオラの髪をガシガシと撫でてやって服を掴む腕を取り引っ張り起こす。
そのまま抱きしめてキスしてやりたかったがさすがにここじゃまずいから必死で我慢した。


 それからまた水族館内に戻って水槽を眺める。
ウルキオラがどうしてももう1周したいというのでそれに付き合って館内を回る。
ウルキオラは飽きることを知らず、ただ泳ぐだけの魚をジッと見つめている。
たまに思い出したように俺の顔を見てくるのは俺の機嫌を確認しているのだろう。
正直俺は退屈だったが・・・・・・・楽しそうなウルキオラを見ているとそれでもいいかと思ってしまう。
だから・・・・・ウルキオラがこっちを向くたびに俺は“どうした?”とわざと聞いてやる。
ウルキオラが水槽の中に集中出来るように“アレ見ろよ”とあえて魚に意識を逸らさせる。
ウルキオラも面白いぐらいにすぐに魚に意識がいって・・・・・・
それだけ魚を見たいくせに俺を気にするバカなウルキオラ。
そうさせているのは俺だが・・・・・・。
それだけウルキオラの心の中に俺がいるのかと思うと嬉しかった。
 俺はニヤける口元を隠すこともせず、そっとウルキオラの手を取る。
ウルキオラはハッと俺のほうを見たが俺はあえて視線を合わさずにいた。
今目があったら確実にキスしてしまうだろうから・・・・・。
目を合わせたいのをグッと我慢しながら魚を見ているフリをする。
するとウルキオラの手に力がこもり俺の手はそっと握り返されていた。



 何時間もかけて館内を歩き回り、さすがにそろそろ帰ろうか・・・・と思ったところにグッズ売り場が目に入った。
俺はなにも言わずにウルキオラの手を引き、その店の中へと連れ込む。
『グリムジョー・・・・・?』
 まさか俺がこんなところに入ると思っていなかったのだろう。
ウルキオラは驚き控えめに俺に声を掛けてきた。
『なんか・・・・・・欲しいものねぇのかよ?』
『欲しいもの?』
 来た思い出になにか形として残るものをウルキオラに買ってやろうと思ったんだが・・・・・。
さすがに売っているのは魚達のぬいぐるみやキーホルダー。
ウルキオラはこんなもんいらないか・・・・・とやっぱり店から出ようとしたときに、逆にウルキオラに手を引っ張られた。
振り返り見ると、ウルキオラがぬいぐるみを片手に持っていて・・・・・。
『これがいい・・・・・』
 顔を赤らめてそのぬいぐるみを差し出してきた。
それは少し大きめの・・・・・・イルカのぬいぐるみ。
『これでいいのか?』
『・・・・・これがいい』
 ぎゅうっとイルカを抱きしめるウルキオラに吐血しそうになりながらそのままレジに連れて行く。
大の大人が・・・・しかも男2人がこんなに大きなぬいぐるみを持っているなんて少し恥ずかしい気もしたが・・・・・ウルキオラが喜んでいるならいいか・・・・・と、さっさと勘定を済ませてその店を出た。



 外に出るとあたりは真っ暗で、すっかり日が暮れてしまっていた。
『楽しかったかよ?』
『あぁ。また・・・来たい。ありがとう、グリムジョー』
『ぉ・・・・ぉう・・・・・』
 柔らかく微笑まれた・・・・ような気がする。
イルカなんか抱いてるから特に柔らかく見えたのかもしれないが・・・・ドキッとした。
早くウルキオラを抱きしめたい・・・・・
そんな勘定が溢れて止まらなかった。




 虚圏に帰ってきた俺達はそのまま俺の部屋へと直行した。
というより・・・・・俺がウルキオラを部屋へ連れてきた。
そんなことしなくてもウルキオラは俺の部屋に来たかもしれないが・・・・・・。
とりあえず疲れた・・・・とソファに腰をおろす。
ウルキオラは余程イルカが気に入ったらしく、買ってやったぬいぐるみを離そうとしない。
愛おしそうに撫でたり、ぎゅうっと抱きしめたり。
それを横で見て面白くない俺はウルキオラからそのイルカを奪ってみる。
『なにをする』
『俺に構えよ』
 不満をもらすとウルキオラは“知らん”と俺の手からイルカを奪いとった。
そしてそのイルカにキス。
それを見た俺はプツン・・・・・と切れて・・・・・。
『おぃウルキオラ・・・・』
『なんだ?』
『なんだじゃねぇよ。イルカにキスすんな』
『・・・・・ヤキモチか?』
『うるせぇよ・・・・・』
 さすがにぬいぐるみにヤキモチを妬いている自分は少し情けない。
でもだ、俺だって1日中我慢してたんだからもうそんなこと構ってられない。
 俺はウルキオラからまたイルカを奪い反発の声が上がる前にその唇を塞ぐ。
噛み付くようなキスをしてから様子見にうっすらと目を開けると案外ウルキオラが大人しくて驚いた。
その上、背中にちゃんと腕が回っていることにも驚く。
ゆっくりと唇を離すとウルキオラはそれを拒むように自ら唇を寄せてきた。
『・・・・ウル・・・?』
『まだ・・・・・足りない・・・』
 もっともっととキスを強請るウルキオラに答えて俺は何度も深くウルキオラに口付けた。



 気が済むまで何度もキスをした後、俺はウルキオラを抱きしめた。
ウルキオラは大人しく腕の中。
『そんなにイルカが気に入ったのか?』
『あぁ。あいつらは利口で可愛いからな。それに・・・・・コレはグリムジョーが買ってくれた物だからな』
『・・・・なに言ってんだよ・・・・』
 ウルキオラにそういうことを言われ慣れてないせいか、妙にくすぐったい。
顔が熱くなって赤くなっていくのがわかる。
我ながら情けない。
『イルカを抱きしめている方が柔らかくて気持ちいいが・・・・・・グリムジョーの方が暖かくて心地良いな』
『・・・・・ちょっと黙ってろ。・・・・あんま可愛いこと言うんじゃねぇよ』
 我慢できなくなるから・・・・と耳を噛むとウルキオラは一瞬息を呑んで黙り込んだ。
大人しいウルキオラを腕に抱きかかえて離さないのは・・・・・
またイルカにウルキオラを取られるのが嫌だからかもしれないな・・・・・。




                                                                     end