口内炎




『・・・・・っ・・・・・・・・・!!!』

『ぁ??どうしたウルキオラ』

『・・・・噛んだ・・・』





 それはある日の晩。

グリムジョーと一緒に晩御飯を食べていたときのことだった。

グリムジョーがしゃべる他愛もない話に苦笑しながらご飯を口に運んだ時だった。

ガチッという鈍い音が頭に響く。

ご飯の食感とは異なった柔らかい歯応え。

口の中に広がる鉄の味。

ジワっと生理的に涙が浮かんでくる。

とりあえず口の中にあるご飯を飲み込んで、口を押さえた。




『なにやってんだ・・・・どこ噛んだ?』

『右頬の裏・・・・・』

『見せてみろよ・・・・』




 頬に手が添えられ、立ち上がったグリムジョーにくぃっと上を向かされる。

口を開くように言われて、言うとおりにすると、グリムジョーは俺の口の中・・・・俺が噛んだ箇所を覗き込んだ。




『頬っつーか・・・・ほとんど唇に近いとこ噛んでんな・・・・皮めくれてらぁ』

『血の味がする・・・・』

『お前、器用なとこ噛むなぁ』

『煩い』





 グリムジョーはハハッと笑いながら席に座り、残ったご飯を口に運び出す。

俺はその笑った顔を睨み、しみるのを我慢しながらご飯を口に運んだ。





 その次の日。

鏡の前で大きく口を開き覗き込んでいる俺。



『痛い・・・・・』




 口内炎が出来た。

昨日噛んだところが口内炎となったのだ。

歯が擦れるだけで痛い。

異物感が気持ち悪い。

舌で触れると少し熱くて・・・・痛い。

その時、ふっ・・・と俺の背後に立つグリムジョーの姿が鏡に映った。

寝起きの不機嫌そうな顔で・・・・・俺を抱き締めるのが映る。




『こんなところにいたのかよウルキオラぁ・・・・・ちゃんと隣にいろよ』

『・・・・・なにを小さい子供のように甘えているんだ莫迦が』

『隣にいねぇと起きたときに・・・・キスできねぇだろ』




 唇を近づけてくるグリムジョーに、俺はハッとしてグリムジョーの顔に手を当てた。

ペチンと乾いた音がする。




『いっ・・・・てぇなウルキオラ。なにすんだよ』

『いい加減に目を覚ませ』

『俺はテメーと違って起きたときからバッチリ起きれてんだよ』

『・・・・・・・・今日はキスしない。口が痛い』

『ぁ?!ってなんだよ口痛いって・・・・??』

『昨日噛んだところが口内炎になって痛むから今日はキスしないと言っているんだ』

『・・・・』

『わかったら離せ。俺は先にリビングに戻っているから顔を洗ってから来い』

『ちょっおい待てよ』




 その言葉を無視して俺はスタスタと歩いていく。

朝から俺が隣に居なかったから、キス出来なかったから・・・・・・なのかはわからないが、後ろでは喚いているグリムジョーの煩い声。

それを遮るように、俺はパタンとドアをしめた。





 隣から唸るような声が聞こえる。

ソファに座る俺の隣に座って、ジッと俺を見つめているであろうグリムジョー。

俺はあえて目を合わせないようにしているから・・・・・それでもひしひしと伝わってくるグリムジョーの視線。

俺は見ないようにしながらテーブルの上のティーカップを手に取り、口をつけた。

熱い紅茶が口の中に入ってきた瞬間、俺は顔を歪めた。





『いてぇなら飲まなきゃいいだろうが』

『喉の渇きは仕方ないだろう』

『じゃぁ俺のキスも受けなきゃ仕方ねぇよな』

『なんでそうなる』

『なるもんはなんだよ。仕方ねぇ』

『ちょっやめろっ・・・グリっ・・・・』




 器用に俺の手からティーカップを取り上げてテーブルに戻したグリムジョーは、その勢いをふっと緩めて、俺の唇に優しく自分の唇を触れさせる。

いくら優しくされても痛いものは痛い。

眉間に皺を寄せながらグリムジョーの胸板を押す。





『んーーーーっ・・・・・・・ンっ・・・・ぃ・・・・・』

『・・・・・・・・・いてぇか?』

『痛いと言っているだろ莫迦が』

『ちょっと涙目になてんな。そんなにいてぇんだな、コレ』

『ンむッ・・・・・・!!』






 涙が少し溢れた目を、優しく拭ってくれたそれに気をとられた瞬間、さっきよりも深いキス。

唇がぶつかるたびに、燃えるように熱くなる。

ジンジンとした痛みが・・・・・・

口の中の痛みは、どこの怪我よりも痛くて・・・・・強烈で。

泣きそうになる。





『んンっ・・・・・っ・・・ぅ・・・・・はっ・・・・・・・・ハァ・・・・・・』

『ウルキオラ・・・・・・・・すげぇ・・・・いいな・・・・その顔』





 涙目で睨みつけたその顔。

グリムジョーがペロッと舌を出して自分の唇を舐めている姿が艶かしい。

しかし・・・・・・・







『さっきから・・・・・・・人の話を聞いていたのかこの莫迦がッ!!』




 わなわなと沸いてきた怒り。

俺はその思いを乗せた拳を力いっぱいグリムジョーにぶつけていた。







『機嫌直せってウルキオラ、俺が悪かったって思ってる』

『煩い近寄るな莫迦が』

『こっち向いてくれよウルキオラぁ』

『触るな』




 散々キスをしたせいか、痛みが酷くなったように感じる。

痛くてたまらない・・・・・のは確かなんだが、実はもうとっくにグリムジョーのことは許しているんだ。

ただ・・・・ちょっとしたお仕置。

さっきから1時間ぐらいはこの状態のはずなんだが・・・・グリムジョーはめげずにずっと俺に話し掛け続けている。

それを思うと少し可哀想にもなってきて・・・・・・

そろそろ許してやるか・・・・とゆっくりグリムジョーのほうを向いた。

視界に入るのはグリムジョーの嬉しそうな顔。






『キスは・・・・するなよ』

『わかった。絶対しねぇ。これで我慢する・・・・・』





 そう言って、グリムジョーは俺の左頬に口付けた。

俺の口内炎が治るまで・・・・ずっと・・・・・。




                                                                  end