sweet kiss




 グリムジョーは朝から悩んでいた。
ベッドにうつ伏せで寝転がって、真剣な顔で本を見ている。
その本と言うのが実は・・・・・・お菓子作りの本。
なぜこんなにも険しい顔でそんなメルフェンチックな本を見ているのかと言えば・・・・・・ホワイトデイだからだ。
バレンタインには愛しいウルキオラが自分のために手作りのチョコとクッキーをくれた。だから自分もなにか作ってやりたい・・・そう思ったのだ。

『何作っかなぁ・・・・』

 さっきから雑誌をめくるばかりでコレといって目に付くものがない。クッキーにもたくさんの種類はあるがウルキオラにクッキーを貰ったこともあって、クッキーは作る気になれない。かといってチョコを溶かして固めるだけではなんの芸もない。
なにかいいものはないか・・・・・とめくっていたところ、出てきたのはケーキの特集のページ。
グリムジョーはピンとひらめいた。ケーキならまぁまぁ手間がかかって、ウルキオラにも似合いそうだと。紅茶でも添えてやればウルキオラにピッタリだ。
といってもケーキにもいろいろある。ごちゃごちゃとフルーツの乗ったものや、 生クリームたっぷりのもの。どれがいいか・・・・・・悩んでいたところパッと目に入ったのはガトーショコラ≠フ文字。見た目もシンプルで、特に上に掛けられている粉砂糖の白さがウルキオラを連想させ、グリムジョーはガバッと起き上がった。

『これっきゃねぇ。ぜってーウルキオラはコレだ』

 そう呟くと、言うが早いか、その本を持ち一気に駆け出し部屋を出て行く。
行き場所はもちろん・・・・・厨房。




『さってと・・・はじめっか』

 男らしく腰巻エプロンをして、厨房に立つグリムジョー。それはすごくさまになっているのだが・・・・・・いかにも男の料理を作りそうな雰囲気をかもし出しておいて実際作るのは繊細なケーキときている。
グリムジョー自身もまさか自分がケーキを作る日が来ようとは思っていなかったはずだ。
それでも愛しいやつがいるから・・・・・。

 本に書いてある順に淡々とこなしていくグリムジョー。
もとから器用で料理もそこそこ出来るグリムジョーは手際よく生地を作っていく。
それを型に流し込み、オーブンに放り込んで後は焼きあがるのを待つだけ・・・・。
グリムジョーはさっと手を洗ってからオーブンの前にイスを置きそこに腰を下ろしどこか楽しげにオーブンの中を覗いていた。
ドアの隙間から怪しい影が覗いていることにも気付かずに。





『ウルキオラ、ちょっとこっち来てみぃ』
『・・・・なんですか?市丸様』
 ニヤニヤといつも以上に口元を歪ませる市丸に呼ばれ、ウルキオラは少し警戒しながら市丸の傍へ寄る。
『厨房行ってみ?おもしろいもん見れるで・・・』
『厨房・・・ですか?』
『あァそうや、厨房や。でも音立てたらあかんし、霊圧も隠してや。そっと隙間から覗いておいで』
『はぁ・・・・・』
 なぜそこまでして厨房に行く必要があるのかウルキオラにはさっぱり わからなかったが、市丸が言うんだから仕方がないと厨房に足を向けた。



 厨房になにがあるのか・・・・誰がいるのか・・・・・。
厨房に近づくにつれて相手の霊圧が濃くなる。よく知った霊圧。・・・・・グリムジョーの。
なぜグリムジョーが厨房なんかにいるのかはさっぱりだったが、どう探ってもそれは確かにグリムジョーで。信じられず中を覗くと、やはりそこにいるのは紛れもなくグリムジョーだった。オーブンの前で座り込んで、イスをギシギシと軋ませている。
 ほのかに香る甘い匂い。
何かを作っているのだろうが・・・・・・・・市丸様が言うおもしろいものとはグリムジョーが何かを作っているということだったのだろうか??確かに似合わないが・・・・・。それだけのためにわざわざ・・・・・?
バカらしい・・・・と帰ろうと思ったとき、丁度オーブンが焼けたことを知らせる軽快な音を出す。
その瞬間のグリムジョーの嬉しそうな顔を見てしまった。

 グリムジョーはいそいそと蓋と開け、中からそれを取り出し、台に置く。
『我ながらうまく焼けたんじゃねーか?』
 嬉しそうに呟くのが聞こえる。そしてその後の言葉を聞いて驚いた。
思わず霊圧を押さえるのを忘れそうになるほど。

『ウルキオラ・・・・食ってくれっかな』

 まさか自分の名前が出ると思っていなかったウルキオラは数歩後ろに後退した。
待ち遠しいのか、少しイライラしながらギシギシとイスを揺らしていたのも、焼けた瞬間の嬉しそうな顔も、全て自分が早く食いたいからだと思っていた。
俺のためか・・・?

『な?おもろいやろ?』

 不意に耳に声が吹き込まれバッと後ろを向くと、そこには先ほど別れたはずの市丸が立っていた。さっきと同じようにニヤついた笑みを貼り付けて。
『市丸様・・・・・』
『シーッ。こっちおいで』
 人差し指を立てて唇に押し当てた後、手招きして厨房から離れるように言う。
さすがにこんなところで話していてはグリムジョーにばれてしまうため、2人は厨房を後にした。

 だいぶ離れたところで先を歩いていた市丸が立ち止まる。
『ウルキオラ、今日なんの日か知ってる?』
『いえ・・・』
『今日はな、ホワイトデイって言うねん。バレンタインはウルキオラがグリムジョーにあげたやろ?今日はグリムジョーがウルキオラにお返しする日なんや』
 そんな日があるのか・・・・・。
確かに先月俺はグリムジョーにチョコを渡した。お返しの日まであるとは知らなかった・・・・・。
『もぅすぐグリムジョーが持ってくるんちゃう?部屋おったり』
 それだけ言うと市丸は歩いて行ってしまった。
ヒラヒラと背中越しに手を振る市丸を見送ってから、ウルキオラも急いで自分の部屋へと足を運んだ。


 あれからしばらくして、部屋のドアが叩かれる。
その叩き方と、霊圧ですぐにグリムジョーだということはわかり、急いでドアを開けた。
箱を片手に“よぉ”と一声俺にかけると、ズカズカと中に入ってくる。
その箱をテーブルに置き、なにやらゴゾゴゾとカップと紅茶のパックをあさり始めた。
『人の部屋をなんだと思ってる?』
『っせぇな。いいからお前は座ってろ』
 指さされた方向は先ほどグリムジョーが箱を置いたテーブルのところ。
言うことを素直に聞くのは嫌だ・・・・・。
『なんなのだ?あの箱』
 わざとらしく聞いてやると、グリムジョーはカップにお湯を注ぎながら“いいからさっさと行きやがれッ”と怒鳴られた。
いつもなら言い返すところだが・・・・・今日のところはコレぐらいで素直に言うことを聞いてやる。
俺はグリムジョーに気付かれないように小さく笑って、箱が置かれている席へついた。

 大人しく座って待っていると、2つの紅茶カップと、皿とフォークとナイフを持ったグリムジョーが戻ってくる。
せっせと俺の前に紅茶と皿を置いて、真ん中に置かれている白い箱に手を伸ばした。
グリムジョーの行動を一部始終眺めていた俺だったがそこでようやくグリムジョーの手を止める。
『説明はなしか?』
 来て早々勝手に紅茶の用意をして・・・・・なにか言葉はないのか?と俺は言いたかった。
今日が何の日かさっき教えてもらったしグリムジョーのやろうとしていることはわかるが、やはりグリムジョーの口から聞きたい。
ジッとグリムジョーを見ると、グリムジョーはバツが悪そうに目を泳がせ、諦めたように口を開く。
『・・・・今日何の日かわかるか?』
『今日?・・・知らんな』
 あえてとぼける。
どうしてもグリムジョーの口から聞きたい。
なぜかわからんが今日は特別な日だという気がするから。
『今日はホワイトデイだ。つーわけで、俺からウルにバレンタインの返しだ』
 グリムジョーは目配せでその箱を指す。
その目を追って箱を見てから“開けていいか?”と聞くと、グリムジョーが静かに頷いた。
 それを確認して箱を開ける。
上に散らされている粉砂糖が雪のようで・・・・・
『綺麗だ・・・・・』
 思ったことはそのまま口に出てしまった。
それを聞き取ったのかグリムジョーは嬉しそうに笑って“食うか?”とナイフを俺に見せる。
頷くとその白にスッとナイフを入れた。
綺麗に切り分けられたケーキが皿の上に置かれる。
グリムジョーがめずらしく心配そうな表情を浮かべている中、俺はそれを一口、口に運んだ。
『うまいか・・・?』
 聞かれ、俺は無言で一口分ケーキを切り、そのフォークをグリムジョーの目の前に差し出す。
俺の行動にはてなを飛ばすグリムジョー。仕方なく俺は一声かける。
『うまい。食うか?』
 それが余程嬉しかったのか、さっきまでの不安そうな顔から一気に嬉しそうな顔に変わった。
そして差し出されたケーキを食べる。
『んまぃな・・・・さすが俺』
『あぁ・・・そうだな。紅茶とよくあってる』
『ッ・・・?!気色悪ぃ・・・』
『何がだ?』
『テメーが人褒めるなんざ珍しいつってんだよ』
『・・・・・それほどうまいのだから仕方ないだろう』
 パクパクと口に運ぶ俺を、落ち着かないのかそわそわとしながら見るグリムジョー。そして何か思いついたのか、ニヤっと笑う。
『ウルキオラ、そのケーキちょっと貸せ』
 食べかけのケーキを半ば横取りされる形で奪われる。まだ箱の中にたくさんあるというのになんでわざわざ・・・・と思っていると、何を思ったのか、グリムジョーが一口サイズに切ったケーキを俺の口元に持ってきた。
わけがわからずグリムジョーを見る。
『食わせてやるよ。口開けろ』
『何を考えているんだ?自分で食える』
『いいから開けろよ。あーん』
 仕方なくフォークに指されたケーキを口に運ぶと、 グリムジョーが嬉しそうに笑った。
“こんなことして楽しいか?”と聞くと、“すっげー楽しい”と返され言葉を失ってしまった。
グリムジョーが楽しいならいいか・・・と思ってしまった。

 飽きずにずっと俺に食べさせ続けるグリムジョー。
“もう一個食いたい”と2個目のケーキに入っても俺に食わせ続ける。
『っと・・・悪ぃ。口の端に砂糖ついた』
 反射的に口元に手を伸ばすと、逆だと言われ、グリムジョーの舌に舐め取られる。ついでとばかりに軽く押し当てられた唇。すぐに離れていこうとするそれを引き戻し自らキスを深くした。
驚きに見開かれるグリムジョーの目。それもそうだろう。俺からキスするなんてめったにないことなのだから。
毎回驚くグリムジョーがおもしろくて・・・・・。

感謝の気持ちもこめて俺はグリムジョーが満足するまで、甘い甘いキスを送った。


                                                                     end