禁止令と対処法




『3兄弟。てめーら今日から禁煙な』
 急に言い渡されたタバコ禁止。いつも通り呼吸を合わせて反論してみるものの・・・・・・ヒル魔に敵うはずもなく、銃口を向けられる。・・・・・・だけならまだいいが、連射。部室に大きな音が響く。
今から始まる練習のために着替えて用意していたセナ達まで条件反射で悲鳴を上げる。そんなことには構わずヒル魔は、今度は違う銃をこちらに向ける。俺達は少し緊張してその銃口を見つめていると・・・・・・・・そこから出たのは火。
ヒル魔は容赦なく俺達が手に持っていたタバコをそれで焼き払った。ついでにロッカーの中の買い置きまで。
一瞬にして塵になっていくタバコ。
『あっぶねぇじゃねぇか!!なに考えてんだあんた!!』
『俺達のタバコどうしてくれんだよ!?』
『燃やすことないだろ?!』
 長男から順に口々に言う3人を、ヒル魔は冷たい目で見てからまた違う銃に持ち替え・・・・また容赦なく連射。
俺達は足元に打たれたそれをダンスでも踊るかのように避ける。
『タバコなんか吸ってたら体力が落ちることは知ってんだろぉが糞3兄弟。文句言うなら並外れた体力つけてからにしやがれ!わかったらさっさと着替えてグラウンド集合だ!』
 それだけ言うとヒル魔は部室から出て行ってしまった。セナもモン太も他の連中も、遅れると怖いので次々に出て行く。残ったのは俺達3人だけ。
『チッ。ムカつくやろーだぜ!!どうすんだよタバコ〜・・・・結構高いんだよなぁ。でもまぁ・・・・これだけでも持ってて良かったぜ』
 そういって黒木は後ろポケットからくしゃくしゃになったタバコの箱を取り出す。
『実は俺も持ってるんだよなぁ』
 自慢気に見せる黒木に負けじと戸叶も同様に取り出す。でも明らかにそんなに本数は残っていないようで・・・・・せいぜい2,3本程度だろう。
『これでまぁ今日の帰りの分はいけるよなぁ〜。ん?十文字は持ってねぇの?』
『ん?あぁ俺は・・・全部燃やされた。さっきのでパァだ』
『マジかよ?!しゃぁねぇなぁ〜帰り1本やるからしょげんなよ!』
『そうだぞ十文字。困ったときはお互い様ってな!』
 黒木と戸叶がそう言いいながら、見つからないようにタバコを隠す。俺はそんな2人を見ながら自分の後ろポケットを握り締めた。
たぶん俺のも2,3本しか入っていないだろう。いっそのことさっき全部燃やしてもらえばよかった・・・・・。
 タバコは体力を落とす。そんなことは知ってる。ヒル魔はさっき文句言うなら並外れた体力つけてからにしろと言った。そんなこと言われてへばってる姿なんか見られたくねぇ。これからどんどん練習が厳しくなるだろう。そんな中俺達だけがついていけねぇなんて・・・・・そんな悔しい思いしてたまるかよ。それだけじゃねぇ。他のチームにだって勝てやしねぇ。そんなんで負けたら俺のプライドが許さねぇ。
だから俺はもうタバコは吸わねぇ。そう決意して2人に気付かれないようにそっとタバコを隠した。
『なにしてんだ十文字〜早くいかねぇとまた悪魔にどやされっぞ』
『あぁ。今行く』
 先に外に出て待つ2人のもとへ行き、静かにドアを閉めた。



『あぁぁぁ〜・・・・くっそ〜イライラする・・・・』
 ハードな練習を終え、いつもなら即行で帰る仕度をしてとっくに外に出てタバコをふかしている時間だ。でも今俺は1人部室にいる。イライラしすぎて自然と足がカタカタとなる。貧乏ゆすりしすぎて体がダルイ。貧乏ゆすりも気付かぬうちはいいが気付いてしまえば無駄な体の動き。軽すぎる運動とでも言うのか?しんどいものなんだなと初めて知る。
 黒木と戸叶には先に帰ってもらった。どうせあいつらはタバコ吸う気満々だし・・・・ 引きづられて吸っちまう。だけどこんなに早く家に帰るのも嫌。仕方なく部室にいると言う訳だ。
『はぁぁ〜・・・』
 何度目になるかわからないため息をつく。その瞬間、ドアがガラッと開き、驚いてそっちを見るとそこに立っていたのは悪魔。・・・・いや、ヒル魔。ヒル魔も俺がいることに驚いたようで一瞬止まって俺をじーっと見てから足でドアを閉め俺の目の前に腰を下ろした。そしていつものようにパソコンを開きだした。
 無言・・・・。部室に響いているのはやつが打っているキーボードの音だけ。つーかなんなんだよこの状況!?余計ストレス溜まる・・・・・。でもどうやって帰っていいかわかんねぇし・・・・無言で出て行くわけにもいかないだろうし・・・・ あぁ〜・・・・イラつく!!
 ブス〜っとしているとなにやら視線を感じヒル魔を見る。その視線はやっぱりヒル魔による物で、手を止めてじっとこっちを見てくる。
『な・・・なんだよっ?』
 居たたまれなくなりこっちから話を切り出す。なのにヤツはそのまま俺のことは無視でパソコンに視線を戻した。そのことに余計ムカついて俺のイライラは最高潮に近いところまできている。
『イラついてるな』
『・・・・はぁ?』
 このタイミングで話しかけられると思ってなかったから驚く。ハッと気付くと、また貧乏ゆすりをしていた。少し気まずくもゆっくりとそれを止めてもう一度ヒル魔を見た。
『当たり前だろうが。禁煙してんだから』
『他の2人は吸いに帰ったんだろ?なんで一緒に帰らなかった?』
『・・・・別に。負けたくなかっただけだ』
『ほぉ〜・・・・見直した。・・・・口寂しいだろ?』
 ニヤニヤとした顔で見られ、俺は気まずくなって目を逸らした。
『当たり前だろ。でも俺飴とかも持ってねぇし・・・・』
『ちょっと立て』
『はぁ?』
『いいから早くしろ』
 めんどくせぇと思いながらも逆らうとなにされるかわかったもんじゃねぇから素直に従う。それでも些細な抵抗としてゆっくり立ってやった。そしてパッと目線を合わせようとした瞬間、視界はヒル魔でいっぱいになる。
なにが起こっているかさっぱり理解できない俺は、動くこともできずにいた。ただ、だんだんと感覚だけが鋭くなってきて、唇に熱を感じる。・・・・・キス。それだけがやっと理解できた瞬間その熱は離れていった。
『目くらい閉じやがれ』
『な・・・・ななっ!!!?なにしてんだあんた!!?』
『なにって・・・・キスだろ』
『そんなことわかってんだよ!俺が聞きてぇのはなんで俺にそんなことすんだってことだよ!』
『てめぇが口寂しいつったんだろ?それと・・・・ご褒美。ちゃんと禁煙守ったからな』
 それを聞いて唖然とする。寂しいって言ったらキスすんのか?ちゃんと守れたからキスすんのか??男同士で?!
 パニックでなにも言えない俺にヒル魔はもう一度顔を近づけてきた。さすがの俺でも今度はちゃんと後ずさる。
『なんなんだよ!?』
『ちゃんと守ってるようだから俺も協力してやろうと思ってな。口寂しくなったら俺に言え。いつでもキスしてやる』
『ぃ・・・・いらねぇよ!!』
 ヒル魔ってこんなやつだったのか?! こんな簡単に誰にでもちゅーするようなやつだったのか??なんかちょっとショックなのはなんでだ俺!?
後ずさったときに当たったロッカーにもたれながら頭を抱える。いろんなことが頭で回って、うまく考えることができない。
『お前・・・・鈍いな』
『はぁ?!』
 バッと顔を上げたら、机を挟んで向こう側にいると思っていたヒル魔がいつのまにか俺の目の前に立っていて驚いた。後ろはロッカー、前はヒル魔に挟まれて逃げ場はない。俺は自分がなぜこの状況でこんなのんびりロッカーにもたれて考え事なんかしていたのかを恨んだ。
迫ってくるヒル魔。俺はギュッと目を瞑り俯いた。それでも容赦なくヒル魔はさっきと同じように唇を合わせてきた。
さっきは感じることが出来なかった柔らかさが伝わってくる。そう思っていた矢先、急に深くなる口付けに驚きヒル魔の胸を必死に押した。 それでも上手く力が入らず、あまり意味がない。逆にするりともぐりこんできた舌に力を奪われてしまう。
『んんっ・・・・・ヒルッ・・・ふ・・・っん』
 頭がボーっとしてくる。もぅ抵抗なんかいらない。そんなことさえ思えてくる。気持ちいい・・・・・快楽に溺れてしまう・・・・。そう考えていたすぐあと、そんな思考は全て使い物にならなくなり、俺はヒル魔のキスを素直に受け入れていた。

 ズルズルっと腰が落ち、地べたにへたり込む。
『腰に来たか?』
 長い長いキスが終わってヒル魔の体が離れた途端、俺はその場に崩れた。
『うっせぇ・・・』
『で?俺の気持ちわかったかよ?』
『気持ち・・・?』
 なんの話かさっぱりわからない俺はヒル魔を見上げた。ヒル魔はそんな俺を見て、深いため息をついてから軽く舌打ちすると、俺の目線にあわせてしゃがむ。
『ほんっっっとに鈍いな。俺はてめぇが好きだっつってんだよ。好きでもねぇやつにキスなんかするかってんだ』
『なッ?!はぁ!?!?』
 何言ってんだこいつは!?俺のこと好きってどういうことだ??って・・・・冗談??いやいや。冗談言うようなやつでもねぇし・・・・・マジかよ?
つーか俺も・・・・・好きだって言われて驚いたけど・・・・嬉しかった・・・・・?俺ってヒル魔のこと好きだったのか??
 そう思って改めてヒル魔を見ると、今まで悪魔だったのが、少し可愛く見えてくる。俺の前にしゃがんでバツが悪そうにしてるこの人が。そう思ったら自然と口が開いていた。
『俺もあんたのこと好き・・・・だと思う・・・』
 好きとは言い切れないけど・・・・ヒル魔にはそれで十分だったようで、いつものように口を避けさせてニヤリと笑った。
『だと思うは余計だ。今度は言い切らせてやる』
 俺も一緒にニヤリと笑う。
『ヒル魔・・・・・口寂しい・・・・』
 ――――キスして・・・・・。
結構便利かもしれない。キスしてなんてハズすぎて言えねぇもんな。
 ヒル魔は少し苦笑して、俺に口付けてくれた。さっきまでのイライラは嘘のように収まっていた。

 禁断症状・・・・・イライラ。
俺だけの対処法・・・・・ヒル魔からのとびきりキス。


                                                                      end