『ヒル魔ぁ〜チョコ食う?』
俺の片手にはなんの変哲もない板チョコ。1枚90円の。
昨日学校帰りに買って冷蔵庫に入れておいたものだ。
ココはヒル魔の家。つまり昨日から泊まっているということで・・・・・。
別にめずらしいことじゃない。4日前も泊まりに来たし・・・・・だからって別になにをするでもなく、ヒル魔の家にある大量のアメフトビデオを見たり・・・・・。
見ながらヒル魔は俺にラインの技とかいろいろ教えてくれる。さすがヒル魔というか・・・・・。自分はクォーターバックのくせに・・・・いや、クォーターバックだからこそ各ポジションの動きを知っておく必要があるからか。
そういうとこはマジですごいと思うし、なんだかんだ言って面倒見もいい兄貴分だと思う。
いつもすかした顔してるこいつに1回でも勝ってみたい・・・・・・・そう思うのだが・・・・・。
『テメー・・・人ん家の冷蔵庫にんな甘くせぇもん入れんじゃねぇよ』
『いいじゃん。ケチくさいこと言うなよ。半分やるからさ』
ヒル魔が座るソファの隣に滑り込んで板チョコを半分に割り、ヒル魔に差し出す。
ヒル魔は明らかに嫌そうな顔をする。
もちろん俺だってヒル魔が甘いもの嫌いなことを知っている。知っててわざとしているだけ。ヒル魔の反応が見たくて。
そのチョコを手で払いのけ、ヒル魔が俺を睨む。
『・・・・・・何たくらんでやがんだ?』
『ん〜別に?うめーッ!!このチョコ安いけどすっげーうめぇ!あんたも食べなって!』
しつこくヒル魔の口に欠片を持っていくとその手を取られ欠片を奪われる。
ただそれは自分で食べるためではなく・・・・・・。
その長い指で摘んだ欠片を俺の口に運ぶ。
放り込まれたチョコは
口の中の温度で簡単に溶けていく。トロッとした甘みが舌を刺激して口の中全体に広がっていく。
『うま・・・・・ってあんた指についてるぜ?』
俺は自然とその指を自分の口へと運んだ。
舌で丁寧に舐め取ってふとヒル魔を見ると、珍しく目を見開いて俺の行動を見ているところで・・・・・。
してやったり・・・・・・。俺は小さくほくそ笑んだ。
ヒル魔にチョコを食べさせることは出来なかったがそんな顔をさせることが出来て俺はひどく嬉しかった。
自然と笑みがこぼれる。ニヤッと笑ってヒル魔を覗き込むとやっとヒル魔もパッと目を合わせる。
『ケッ・・・・・エロい顔しやがって・・・・』
『誰がエロい顔だッッ』
とたんいつもの様な悪魔の顔に戻って笑う。
せっかくヒル魔に勝てたと思ったのに・・・・・・もぅヒル魔のペースだ。
もっと・・・・・もっとなにかヒル魔に勝てる方法はないだろうか?
些細なことでもいい。ヒル魔に『何しやがんだテメー』みたいなことを言わせてみたい。
ヒル魔がパソコンを開いたため、俺はその横で大人しくテレビを見る。別に俺もヒル魔も見ているわけではないが、かけていないと静かで俺が落ち着かないからだ。特にヒル魔はパソコンを開くと普段から口数少ないくせにさらに少なくなるうえに、俺がなにか話していてもろくに返事もしてくれないので部屋がシーンとなって嫌なんだ。
返事はしてくれないけど俺の話をちゃんと聞いてくれているのはわかってるんだけどな・・・・・。
だからただ流れているだけのテレビ。一応チャンネルを回してみるが興味の誘われるものが何もなかった。
しかたなくクイズ番組にしてみる。
『暇』
ついつい口をついて出た本音。
やっぱりヒル魔は無視で・・・・・。
わかってるけどやっぱりムカつく。
聞いてるのもわかってるからこそ、返事しろよって思うし。
『ひ〜る〜ま〜〜』
『・・・・・・』
『よーいちっ』
『・・・・・・うるせぇな糞長男』
『俺そんな名前じゃねぇし』
初めてヒル魔の名前呼んだかも・・・・。
でも案外普通の反応しかしないし・・・・・おもしろくない。
もっとおもしろい反応しろよ・・・・・。
『なぁ・・・・・なぁヒル魔』
『うるせぇ十文字。なんかあんなら用件さっさと言いやがれ』
『・・・・・・妖兄』
『お前は・・・・俺の名前が呼びたいだけなのか?』
あぁ〜〜もぅちげぇッ!!!!
妖兄とか言わせんじゃねぇよ!!言ったの俺だけどよ・・・。
俺が見たい反応はもっと・・・・・
そのときふと目に入ったのはテーブルに置いてあるチョコ。
そういえばさっき半分だけ置いておいたんだ・・・・・。
そこまできてやっと思いつく。ヒル魔に『なにしやがんだ』って言わせる方法。
・・・・・簡単じゃねぇか・・・。
ニヤリと笑ってそのチョコに手を伸ばす。
一口サイズに割ったチョコを3つ口に放り込んで噛み砕く。
そして力強くヒル魔の腕を引きそのまま口付けた。
うまくふいをつくことが出来て、ヒル魔にキスすることに成功する。
初めは驚いているのか無反応なヒル魔だったが、時期に甘さを感知したのか、目を見開いて俺の手を振りほどこうとし始めた。
ここはラインの力の見せ所。
いつも攻められている分、見とけよヒル魔!!
チョコ3欠片分のキス。散々に溶けたそれをヒル魔の口に流し込んでやる。
いくらヒル魔が細いからと言っても毎日鍛えているだけあって、押さえながらキスするのもそろそろ限界になってきた。
ゆっくり口を離すと・・・・・ヒル魔のげんなりした顔。そしてその後・・・・・
『なにしやがんだテメー!!!』
俺が待ち望んだ言葉が発せられる。
口をごしごしと拭いながら
“甘くせぇ”とか“気分悪ぃ”とか言っている姿を見れるのが新鮮で嬉しくて・・・・・。
やっとヒル魔に勝てた・・・・・。
『うまいだろ?ヒル魔』
『うまいわけねぇだろ・・・・気持ち悪ぃ・・・・』
『ヒル魔もチョコには勝てねぇってことだ!』
ビシッと言った後、ちょっとは可哀想かな・・・・と思ってコーヒーでも淹れてきてやるか・・・と立ち上がる。
コーヒーを淹れながらもふつふつとこみ上げてくる喜び。
あのヒル魔に・・・・・
勝った・・・・・すげー・・・・よくやった俺!!
へへっと笑いながら淹れたてのコーヒーをヒル魔のところに持って行ってやる。
『悪かったってヒル魔。コレ飲んで口直しでもしろよ』
いいながらコーヒーを手渡す。ヒル魔はそれを受け取り・・・・・なぜかそのコーヒーをじっと見た後ニヤッと笑った。
不思議に思いながらも手渡す。
『あぁ・・・サンキュ』
ヒル魔がコーヒーをすすっているのを見て、また隣に腰を下ろした瞬間・・・・強く引き寄せられた。
『なッ?!んぅ・・・・ッ』
口付けられたと同時に流れ込んでくる液体。
それが舌に触れた瞬間に俺はヒル魔の胸を押した。
『・・・ッなにすんだよ?!にがッ・・・にがぁ〜〜〜ッ』
少し涙目になる俺にケケケと笑ってまたカップに口をつける。
そしてカップをテーブルに置いて俺に向き直る。
『うまかったか?』
『うっ・・・・うまくねぇ!!にげぇし・・・・舌火傷した』
ベーッと舌を出すとヒル魔は俺の顎を掴んでジッとそこを見る。
なにをされるかわかったものではないので俺は急いで舌を引っ込めた。
『なんだ・・・・舐めてやろうと思ったのに・・・』
『ぃ・・・いらねぇよ!!』
結局最後に負けるのは俺。言わせたかった言葉を言わせたものの、俺も言わされるし・・・・。
ほんとに敵わねぇな・・・・・。
『俺に勝とうなんざ100年早ぇ話だな』
『なっ・・・あんたわかって・・・・?』
『テメーの考えてることなんざ手に取るようにわかる』
『・・・・・・いつか絶対あんたに勝ってやる』
『やれるもんならな』
いつかかならず。負けっぱなしは趣味じゃねぇからな。
このチョコみたいに・・・・・蕩けさせてやる。
end