幸せの甘さ




 野球部が試合でグラウンドを使うため、今日の練習は筋トレとランニングだけで終了。
午後からの予定をどうしようかと考えていたところで、急に後ろからお尻を蹴られてつんのめる。
『いてて・・・・ってヒル魔さん!?何するんですか急に』
 振り返ると、銃を片手にガムを膨らましているヒル魔が仁王立ちしていた。お尻をさすりながらヒル魔の方を振り返ると、ヒル魔はガムをパチンと弾けさせて口を開く。
『糞チビ、今から予定あるか?』
『え・・・いえ・・・特には・・・・』
『1時に泥門駅前』
『え?ぁ・・・え??』
 唐突に言われ、反応も出来ないまま。そんなセナを残し、言うだけ言ってヒル魔はどこかへいってしまった。
ヒル魔の誘いはいつもそう。最近になってようやくこちらの都合を聞いてくれるようになったが・・・・・最初のころは“1時に泥門駅前”だけだったのだ。もちろん行かなければあとでどうなるかわかったもんじゃない。
少し前、セナは思い切ってヒル魔に“予定聞いてから誘ってもらえませんか?”と言ってみたところ、その場では無視されてしまったが、その次から誘うときは必ず予定を聞いてくれるようになったのだ。
それも恋人であるセナの特権なのかもしれないが・・・・・。
 パッと時計を見ると、針は11時を少し回ったところにある。家に帰って着替えてご飯を食べても待ち合わせの時間には余裕で間に合いそうだ。
それでもなにかあって遅れると怖いので、セナは鞄を持って急いで帰ることにした。


 泥門駅前の時計台。時刻は1時になる10分前。セナは辺りを見回してまだヒル魔が来ていないことにホッとする。
『えらい早いな』
『なっ?!うわっ・・・ひ・・・・ヒル魔さん??』
 いないと思っていた人物から急に声を掛けられ、驚いて振り返る。そこには私服姿のヒル魔が立っていた。
黒で包まれる体は、ただでさえ細いヒル魔をさらに細く見せる。
セナはそんなヒル魔に少し見とれていたが“なにボーっとしてやがる?”と聞かれ、ハッと我に返った。
『んじゃ行くか』
『え・・・どこ行くんですか?』
『行きたいとこあるか?』
『え・・・っと・・・・・』
『・・・・・適当に歩くか。行きたいとこ思いついたら言え』
 そう言うとヒル魔はスタスタと歩き始めた。セナも急いで後を追う。
足の長さが違うせいか、ヒル魔は普通のスピードで歩いているつもりでもセナにとっては早歩きになる。セナは別に気にしてはいないが・・・・・ヒル魔は何も言わず少しずつ歩く早さを緩める。
セナは必死に歩かなくてもついていけるようになったことに気付き、ハッとヒル魔を見た。
ヒル魔は何もなかったかのように前を向いて歩いている。その横顔を見てセナは小さく微笑み、自分も前を向く。
 服屋や雑貨屋が並ぶ道をしばらく無言で歩き続けていたところで、ヒル魔が口を開いた。
あまりにも急なことで聞き逃しそうになったが・・・・。
『なんか欲しいもんねぇのか?』
『欲しいもの・・・ですか?』
 今日のヒル魔は少し変だ。いつもは引っ張って行くくせに、今日はやけにセナの意見を聞こうとする。
それに・・・エスコートされているような・・・・・。
『じゃぁ・・・なにかお揃いのもの欲しいなぁ〜・・・・なんて・・・ハハハ・・・・』
 自分で言って恥ずかしくなったのか、語尾がだんだんと小さくなっていく。
お揃いのものなんて少し女々しいだろうか・・・・と思ったからなのだが・・・・・。
『んじゃぁそこの店入ってみっか・・・』
『え・・・えぇ?!いいんですか?!』
『・・・・・テメーが言ったんだろうが。欲しくねぇのか?』
『いえ・・・欲しい・・・です』

 2人が入った店は、アクセサリーなどが主に置いてある店で、結構種類も豊富だった。
揃えて買えるものもたくさんある。
その中で2人は携帯ストラップを見ていた。指輪やブレスなども見ていたのだが・・・・・どうもセナの柄ではないと諦めたのだ。それに、そういう類のものはずっと肌につけてないと意味がない。アメフトをしている限り、邪魔になるものだ。そういうこともあってストラップが1番無難だろうということになった。
『あ・・・コレかっこいい・・・こっちもいいな・・・ヒル魔さんは?』
『好きなの選べばいいだろうが』
『・・・・じゃぁすーーーーーっごい可愛いの選んでもいいんですか?』
『言っとくがテメーも同じの付けるんだからな?』
『ぅ・・・・でも・・・・ヒル魔さんも気に入ったのじゃないと意味がないっていうか・・・・』
 しょげる様に少し俯くセナ。自分が気に入ったものを買えばいいのに・・・・と思うヒル魔だが、セナは2人でつけるものなのだから2人で選んだものがいいらしい。以外にも強情なセナは1度言ったら言うことを聞かない。このままヒル魔がなんでもいいといい続ければもぅ買うのを止めてしまいかねない。
仕方なくヒル魔はセナの右手に握られている方を指さした。
『・・・・・俺はそっちのがいい』
『これですか?』
 パッと嬉しそうに顔を上げ、確認するように右手を少し上げるセナ。
ころころ変わる表情にヒル魔は思わず噴出した。
ヒル魔が笑い出したことに驚きビクッと身をすくめるセナにヒル魔は“これでいいのか?”とセナの手からストラップを取り確認する。セナが頷くのを確認してから、もぅ1つ同じ物を取ると、そのままレジの方へ歩いていく。セナはそれを急いで追いかけた。
『ヒル魔さん、1つ払いますから・・・・』
『いいから他のとこ見とけ』
『でも・・・・』
『いいつってんだろ』
『ぁ・・・・・ありがとうございます』
 会計を済ませ、少し疲れたなと隣の喫茶店で休憩することにする。
セナはソーダ水、ヒル魔はホットコーヒーを注文する。ウェイトレスが下がったあと、ヒル魔はゴゾゴゾとさっき買ったストラップの袋を開けて1つセナに渡す。
『本当によかったんですか?』
『・・・・・テメー・・・まだわかんねぇか?』
『・・・・??何がですか??』
 セナに思い当たることはない。誕生日はとっくに過ぎた。ちゃんと祝ってもらったし・・・・・。本気でわからずヒル魔に助けを求めるように見ると、ヒル魔は深くため息をついた。
『今日何日だ?』
『今日ですか??3月14日ですけど・・・・あっ!ホワイトデイですね!・・・それがどうかしたんですか??』
『・・・・・・この糞バカチビ』
『えっ・・・?!何でですか?!?!』
『お待たせしました。ソーダ水とホットコーヒーになります』
 セナがパニクっているところにウェイトレスが注文したものを持って来る。セナとヒル魔の前にそれぞれ置いて、ごゆっくりどうぞと丁寧に頭を下げて下がった。
 妙な間が開いてしまったが、セナは改めてもう1度ヒル魔に尋ねる。
『さっきのって、どういう関係があるんですか??』
『あのなぁ・・・・・お前ホワイトデイって何する日かわかってっか?』
『ホワイトデイ・・・・ってバレンタインのおかえ・・・・あっ!!!もしかして?!』
『やっとわかったのか・・・・。つーことだ。わかったんなら大人しく受け取っとけ』
『はい。ありがとうございます!ヒル魔さん』
 素直にストラップを受け取って携帯を取り出し取り付ける。
ヒル魔も同じように携帯に取り付け、コーヒーの入ったカップに口をつける。
セナは2つの携帯を見て、嬉しそうに微笑んだ。飽きることなくずっと眺めている。
『この携帯はテメー専用だからな』
『え?』
 言われている意味がよくわからずにいると、ヒル魔はその携帯をすばやく操作して画面をセナに向ける。
そのページはアドレス帳で、登録されてるのは1件。セナだけ。
それを見てようやく意味を理解した。
『セナ専用携帯』
『ヒル魔さん・・・・携帯何台もってるんですか・・・・??』
『さぁな。・・・・んで?今からどうしたい?』
『い・・・今からですかぁ??』
 ふいに振られても・・・・・。そう思ったが行きたいところを思いつく。
セナはたっぷりと間を取ってからニッコリと笑って
『ヒル魔さんの家に行きたいです』
と答えた。

 別に初めて行く訳じゃない。行きなれたヒル魔の家。だが、これ以上外にいてもヒル魔にお金を使わすばかりになってしまう。現にさっきのジュース代も出してもらった。
それに・・・・・外じゃろくに引っ付けもしない・・・・・。という訳でセナはヒル魔の家に行きたいと言ったのだ。
 帰ってきた2人はいつも通り並んでソファに座る。
人目を気にせずにくっつけるこの時間がセナはとても幸せで・・・・・。
めずらしくセナからヒル魔に擦り寄っていき、今はヒル魔に膝枕をしてもらっている状態。
優しく髪を撫でられると気持ちよくてふわふわしてくる。
目を瞑ってその感覚に浸っていると、唇に柔らかい感触が・・・。
唇を割って舌と一緒に入ってきたのは、いつものヒル魔のキスの苦味ではなく・・・・・甘い味。
ヒル魔は唇を離さぬようにセナを抱き起こし、膝の上に乗せる。
『ん・・・・はぁ・・・甘・・・?』
『そりゃチョコだからな。甘ぇだろ』
『ヒル魔さんチョコ苦手なのになんで?・・・・どこから・・・・』
 不思議そうに問うセナの目の前にヒル魔はチョコの箱をちらつかせる。
そして中から1つ取り出し口に含むと、もう1度セナに口付けた。
『やっぱ甘ぇな・・・・・』
『もしかして、さっきコンビにでそれ買ってたんですか?』
『よくわかったじゃねぇか』
『でも・・・・苦手なのに食べなくても普通に渡してくれたらいいのに』
『それじゃおもしろくねぇだろ』
 ニヤニヤ笑ってセナの胸に擦り寄るヒル魔。そのヒル魔の髪をさっきしてもらったように撫でる。
 しばらく撫でているとヒル魔はパッと顔を上げ、セナの頭を引き寄せ耳元で低く囁いた。
『チョコ溶かしてチョコプレイでもするか?』
 離れていく時に頬にちゅぅっと軽く吸い付かれる。
頭の中で言われたことがやっと整理できてみるみるうちに赤くなる顔。
真っ赤になって睨むとヒル魔は“どうする?”と首をかしげる。
『ぜっっっっったい、しませんっっ!!!』
 ふぃっとそっぽを向くと、ヒル魔はケケケッと笑ってセナの頬に手を添え、グイッと自分の方へ向かせるとまた口付けた。
いつの間に食べているのか・・・・・またチョコの味。
『わかってる。今はコレで十分なんだろ?』
 うっとりと目を閉じると何度も何度も口付けられ、そのキスはチョコが全てなくなるまで・・・・・なくなってもまだ続いていた。
甘い夜を・・・・2人で・・・・・。


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