響くはストレートな愛の言葉




『今からカラオケ行くぞ』


 そうやってヒル魔からセナのところへ電話が掛かってきたのは30分前。

30分後に駅前で待ち合わせだと言われたセナは、電話を切った後急いで仕度をして家を出た。



 ギリギリ5分前、駅前の時計台の前に着くとすでにそこにヒル魔はいた。

金髪に、タイトな黒の服。下も黒。

もとから長い足、細い体がさらに長く細く、スラリと見える。

柵にもたれて立っているだけなのに、それがさまになっていてとてもかっこよく見えた。

セナはふと視線を下げ、自分の胸元から足先を見下ろす。

こんな自分と・・・・・・と得意のマイナス思考な考えが頭によぎったが、一度ヒル魔に怒られたことを思い出し、ブンブンと頭を振ってその考えを打ち消し、ヒル魔のもとへと走った。


『すみませっ・・・・遅く・・・・なって・・・・っ・・・』

『・・・・家から30分でココまで来いつって間に合うどころか5分も前につくのテメーぐらいのもんだろ』

『へっ?・・・ぁ・・・・』


 直接的なものではないけれど・・・・・これはヒル魔なりの褒め言葉なのだろう。

それと・・・・・セナが着いてすぐに動き出そうとしないのは、セナの息が整うのを待っているからで。

分かりにくくて・・・・・でも確かに暖かい優しさ。

セナは一度大きく息を吸い込んで、ゆっくりと吐き出した。


『・・・・・行きましょ、ヒル魔さん』


 ヒル魔の腕をクンッと引っ張ってセナは先に歩みを進める。

ヒル魔はそれにつられたように、一歩を踏み出した。

セナはヒル魔が歩みだしたところで、腕を掴んでいた手を放す。

こんな人ごみの中で、男同士でいつまでも引っ付いているわけにはいかないから。

ヒル魔に驚いたように見られたが、妙に意識してしまい、セナはヒル魔から視線を外すように下を向いた。

ヒル魔は何も言わず、ただセナの歩幅に合わせ、隣に並んで歩く。

ヒル魔が一歩いくのに対し、セナは2歩進まなくてはならない。

それにヒル魔は歩くのが早い。

そのためいつもならセナは小走りで着いていかなくてはならないのだが・・・・・今はとてもゆっくりと、2人で並んで歩けている。

嬉しさにヒル魔の手を掴んでしまいたいという気持ちはあったが、グッと我慢した。


 これと言って会話はない。

だからと言って気まずさはないのだが・・・セナは悩んでいた。

カラオケ・・・・・行った事がないのだ。

ヒル魔にすぐ来いと言われたために焦って出てきたので考えもしなかったが。

人前で歌うなんてことをしたことがないセナは、戸惑っていた。

しかし今更嫌とは言えない。

どんどんと近づいてくるカラオケボックス。

歌わなくてもいいだろうか?とも考えた。

ヒル魔の歌を聴くだけで十分だろう、と。

しかし・・・・・ヒル魔がそんなことをさせるわけもなく・・・・・。




『糞チビ、先歌え』

『えっ・・・・・えぇぇぇ?!』

『なに驚いてやがる。そういう店だろう』

『僕・・・・歌ったことないんでヒル魔さんから・・・・』

『俺は後で歌う。なんでもいいから歌いやがれ』

『うぅ〜〜〜〜〜〜・・・・・え・・・・・っと・・・・・』


 ヒル魔に言われると逆らえないセナは、とりあえず歌うことは決心した。

しかし、曲の入れ方がわからない。

戸惑っていると、ヒル魔がセナの手から機械をとりあげて、セナが選んだ曲を入れてくれた。

流れだす前奏に緊張しながらマイクを握り締める。

選んだのは女性歌手の最近人気の曲だった。

声変わりをしていてもまだ少し高いセナの声に、この曲はとても合っていた。

特別下手というわけでもない。

ただ歌いなれていないというだけだという感じだった。

そんなセナを目の前に座りながらジッと眺めるヒル魔。

セナはそれを分かっていても目をヒル魔に向けられないまま、気付かないふりで必死に画面の歌詞を目で追って歌っていた。


『よくそんな高ぇ声出やがるな』

『歌うと高くなるんですよ』


 緊張を解くようにはぁっと息を吐き、マイクを置く。

喉に渇きを覚え、あらかじめ頼んでおいたジュースで喉を潤した。

すると、その間に次の曲の前奏が流れ出した。

どうやらヒル魔がいつのまにか入れていたらしい。

テンポのよさそうな曲だ。だが、聞いたことがない。

画面を見ていると・・・・・ズラリと並んだ英語。

どうやら洋楽らしい。

ヒル魔がマイクを持ち、息を吸い込んだ。

瞬間、ヒル魔の口から出される声。

低く甘く。セナは背筋を震わせた。

・・・・・・うまい。

カラオケなどにあまりこないセナでもわかった。

英語の発音ももちろん綺麗なのだが・・・・・ヒル魔の声に、セナは体の震えが止まらなかった。

英語で何を言っているのかわからないのが少しもったいなかった。


『ひっ・・・・・ヒル魔さん!!すごい!!』

『なにがだ?』

『歌上手ですね!!!英語の歌詞で何言ってるのかさっぱりだったんですけど・・・・・・ヒル魔さんの声にあっててすごくよかったです!!』

『あんな曲がか?ただヤりてーヤりてー言ってるだけの曲だぜ?』

『えっ・・・・?!』


 思わず顔が紅くなるセナ。

あの歌詞がそんな意味だったなんて思わなかった。

ヒル魔と目が合わせられず下を向いていると、ヒル魔がピッピッと機械を操作する音が聞こえた。

それに顔をそっと上げてみる。


『まぁ、この曲はどうでもいい。もう一曲歌ってやるから聞いとけ』

『え?あ・・・・はい』


 さっきとは違い、しっとりとした曲が流れ出す。

ヒル魔もしっとりと歌い始め・・・・・相変わらずうまいのだけどなにか違和感。

なぜかヒル魔は画面を見ずにまっすぐとセナを見つめている。

一瞬たりとも画面を見ずに、またも英語ばかりの歌詞を・・・・・。

恥ずかしさに目を逸らしたいのになぜかヒル魔に釘付けにされて放せない。

かっこよすぎて。

優しい歌だからヒル魔の声もすごく優しく響いて、セナは始終ドキドキが止まらなかった。

結局ヒル魔は一度もセナから目を逸らすことなく歌いきった。


『どうだった?』

『へ?・・・・ぁ・・・・・・かっこ・・・・よかった・・・・・です』

『意味分かったか?』

『ぁ・・・いえ・・・・すみません・・・・・』

『愛の歌。愛しいやつに愛を伝える歌』

『ぇ・・・・ぇえ?!?!』

『顔真っ赤だな。んなことでいちいち紅くなってんじゃねぇ』

『すみませ・・・・・』

『で?お前は俺に愛の歌歌ってくれねぇーのか?』

『えっ・・・・あっ・・・・えっと・・・・・』

『ちゃんと俺の顔見て歌えよ。逸らしたら許さねぇ』

『えぇ?!?!』


 嫌だとは断れるわけもなく、セナは最近流行の好き≠竍愛してる≠ェ多く入った曲を選び、ヒル魔に言われた通り、目を逸らさずにヒル魔をまっすぐと見つめて歌う。

何度目を逸らしたくなったかわからない。

ヒル魔がにやけているから余計に。

歌い終わった後は顔を上げることができずに、ヒル魔がケッケッケッと笑っている前で体を小さくして丸まっていた。

よく考えると、あんなことを言われた後に日本語で堂々と歌っていたことが恥ずかしく、セナは激しくヒル魔を恨んだ。

しかし・・・・ヒル魔のあの声を聞けるならまた来るのも悪くないなと思った。


響くはストレートな愛の言葉。





                                                                   end