お仕事の1日
ん〜・・・なんか暖かい。すっげー気持ちいい。なんだろココ・・・・・。犬飼のいい匂いがする・・・安心出来る俺の大好きな匂い。
目を開くと犬飼の顔が目の前にあった。道理で暖かいわけだ。犬飼は昨日寝たときから俺をずっと抱いたままだったらしい。力の入っていない腕はそれでも俺を包み込んでいるようになっている。
そのことに苦笑しながら犬飼の寝顔を見る。規則正しく寝息を立てて眠る犬飼を見ていると、無性にキスしたくなってきたが、起こすといけないのでグッと堪えた。
今日は犬飼の試合の日。今、朝の5時半。こんな時間に起こすわけにはいかない。
俺は朝御飯の支度があるため、犬飼を起こさないようにそっとベッドを抜け出す。温もりがなくなったからか犬飼はもぞっと動いたが、俺が布団を掛けてやるとまた規則正しい寝息を立て眠りについた。そこまできてようやく自分が裸だということに気付く。辺りを見回すとそこらじゅうに脱ぎ捨てられた衣服が散らばっていた。ズボンとパンツは一緒に丸まっているしTシャツも裏返ったりしている。昨日のことが思い出されて少し恥ずかしくなる。
それらをすべて拾い集めて部屋を出る際に“バーカ”と口パクで犬飼に言う。静かにドアを閉めて、まずは風呂に入ってから行動を起こすことにした。
『・・・・なに作ろうかな・・・・つーか米洗ったし・・・魚焼くか』
今日は日本の朝御飯。パンじゃ力出ねぇし腹持ちよくねぇもんな。他には卵焼きとか納豆とか・・・・・味噌汁も作るか!野球選手は体が大事だから食事には気を使わないとな。
『よっし!完成!後は飯炊けるの待って・・・・そろそろ犬飼起こすか』
7時ちょっと前。俺は犬飼を起こすために寝室へと向かった。
『犬飼〜時間だぜぇ〜』
体をゆすっても起きやしない。唸ってはいるがたぶんまだ半分以上寝てるのだろう。
『犬飼ってば!冥ちゃん!起きろよ!』
『ん゛〜・・・』
『起きろコラ!!』
ペシペシとほっぺたを叩いてやると、ようやく目を開く。ボーっと俺を見上げる犬飼にもう一度“起きろ”と言ってやるといつの間にか伸びてきていた腕に引っ張られ、ベッドに引きずり込まれた。
『犬飼ッ!寝ぼけてんじゃねぇ!!!放せよッ』
『とりあえず寝ぼけてない』
『じゃぁさっさと放しやがれ!飯出来てんだよ。遅れるぞッ』
『だからこんな可愛いエプロンしてんのか・・・。起きるからチューして』
『わかったよ。・・・・これで満足だろ?』
軽くキスしてやると犬飼は嬉しそうに笑って俺から手を放す。解放された俺は起き上がりそのまま部屋を出ようとしたところで犬飼に呼び止められる。
振り返ると・・・・・素っ裸の犬飼。俺はバッと犬飼に背を向けた。
『なに今更ハズかしがってるんだ?散々見てるだろ?』
『うるせぇ!朝からセクハラしてんじゃねぇよクソ犬!!服全部洗濯機の中に放り込んじまったからそのまま風呂場行ってシャワー浴びて来い!!着替えとバスタオル置いといてやるから!!』
それだけ言って俺はさっさと寝室を出てキッチンに戻った。パッと炊飯器を見ると御飯もちゃんと炊けている。俺は犬飼の着替えを持って風呂場に行く。かごの上に着替えとバスタオルを乗せてまたキッチンにもどってきた。後は犬飼が風呂から出てくるのを待つだけだ。
犬飼が出てくるのを見計らって御飯やら味噌汁やらをお椀に
ついでいく。テーブルの上に全て並べ終わったところでドアがガチャっと開いた。さすが俺。バッチリじゃん。
『旨そうだな。朝からサンキュ』
『いーえ。いっぱい食っとけよ』
『あぁ。いただきます』
俺も一緒に席について朝御飯を食べだす。味噌汁ちょっと辛かったかも・・・・
『ごめん犬飼。味噌汁辛いな』
『そうか?旨いぞ』
そういってほんとに旨そうに食ってくれる犬飼を見てるとくすぐったくなる。嬉しくてたまらなくなる。だから、飯作んのも頑張ろうって気になるんだ。旨いって食べてもらいたいからな。
『猿、今日ほんとに先寝てろよ?』
『わかってるわかってる。眠たくなったらちゃんと寝るからなんも心配すんなって!お前は全力で投げてくりゃいいんだよ』
『それはそうするが・・・・』
『ケガ・・・すんなよな・・・。・・・・・・ほらッ!!さっさと食わねぇと時間迫ってるぞ!!』
俺のことより自分のことだろ。ケガしねぇかだけが心配。俺はまぁ・・・・・犬飼帰ってくるまで起きとく気満々だしな。ちゃんとお出迎えしなきゃだしな。
『あぁ。ごちそうさま。そろそろ行って来る』
皿を見ると出したものは全てたいらげてくれている。席を立つ犬飼と一緒に席を立って上着を着る犬飼の傍にカバンを持って行ってやる。犬飼はそれを受け取ると玄関へと歩き出した。俺もその後についていく。
『じゃぁ行ってくる』
『いってらっしゃい。気をつけてな!』
『猿・・・・』
グイッと引っ張られたかと思ったら強引に口付けられ、もう一度強く
抱きしめられる。
『いい子にしてろよ・・・』
耳元で低く囁いてから俺を放し、髪をワシャワシャと撫でられる。
『子供扱いしてんじゃねぇよ・・・・』
ひとつ文句を垂れるとククッと笑って今度は頬っぺたに口付けられた。今度こそ本当に“いってきます”と出て行く犬飼に2度目の“いってらっしゃい”を言って、犬飼を見送った。
さて・・・・どうしようか。とりあえず洗い物して洗濯して・・・・今日犬飼御飯向こうで食べてくるから自分の分だけでいいし・・・・特になにもすることないよなぁ〜・・・・・。とにかくやることやっちまうか!
俺はまず洗い物からとりかかることにした。
洗い物も洗濯も終わった。今の時刻は11時。テレビもおもしろくないし・・・・・やることもないからとりあえず買い物にでも行くか。
お昼も食べなきゃいけないしな。
ってことでさっそく行きつけのスーパーに行くことにした。さすがにお昼前とあって主婦の皆さんが多いようだ。レジも結構並んでいる。もうちょっとしたらすいてくるだろうとと思いとりあえず何かいい物はないかと品物を見ていく。見回すと、だいこん1本100円という文字が目に入り、安いな・・・・と思って近くに行こうとするとそこに一人見たことがあるような人物が・・・・・。近づいてよく見るとやっぱり知った人物。俺は後ろから声をかけた。
『お久しぶりっす!猪里先輩!!』
だいこんを真剣に見ていたのは高校時代お世話になった先輩。会うのは久しぶりだがちっとも変わっていない。俺が声を掛けると猪里先輩はビックリした顔でこちらを振り返った。
『猿野か?久しぶりっちゃねぇ!元気にしとぉと?』
『はぃ!見ての通りっすよ!猪里先輩も元気そうっすね!キザトラ先輩とはどうなんすか?』
『今一緒に住んどぉよ。猿野も犬飼と住んでるんやろぉ?』
『そぉなんすよ!あっ猪里先輩今から暇っすか?暇ならどっかでしゃべりません?』
『いいっちゃよ!俺腹ペコばい。どっかでなんか食お?』
買い物は後回しにして、俺達は近くのファミレスに入ることにした。とりあえず腹ごしらえをしてから、ゆっくりとお互いの状況を話しだす。
今キザトラこと虎鉄先輩はデザイナーになっているらしく、結構有名で自分のブランドも持っているらしい。猪里先輩は俺達より少し前から虎鉄先輩と一緒に住んでいるらしく、聞けば俺達の家から10分程度で着くところに住んでいるみたいだ。
『猪里先輩は専業主婦っすか?』
『そうっちゃよ。虎鉄が稼いできてくれる
けん俺は虎鉄にうまか飯食わしてやるっちゃよ。猿野も働くつもりなかとやろ?』
『そうっすね。働いてたら家事ろくに出来ないし・・・・一応アイツの栄養管理しなくちゃならないんで』
『でもまさか猿野と犬飼が結婚まですると思わんかったっちゃ。付きあっとうって知ったときもビックリしたけん・・・』
『ハハハ・・・・俺もまさかこんなになると思ってなかったすよ』
『でも犬飼は猿野のおかげで表情豊かになりよったからねぇ。周りには相変わらず硬いとこあったけど猿野にだけはいつもやらかかったっちゃ』
『そうでしたっけ・・・・?』
確かに無表情だった犬飼が時々笑うようになって、今は結構笑ってくれてる。みんなにもそうだと思ってたんだけど・・・・・違ったのか?
『猿野も大変やろ?これから犬飼がテレビ出るようになったらもっと女の子に騒がれるように
なるっちゃよ?』
『確かにそうっすね・・・でもあいつ今だに女の子苦手っすから』
『それなら大丈夫っちゃね!虎鉄なんか女の子大好きやから・・・・最近人気出てきて女の子に騒がれて嬉しそうにしてるっちゃ』
『あのキザトラまだ女の子好きなんすか?』
『アレは一生なおらんっちゃ。それを承知で一緒になったんは俺やからね。ちゃんと俺のこと愛してくれとぉのは十分伝わってくるし・・・・・ウザイくらいっちゃよ』
『幸せそうでよかったっす!』
猪里先輩のグチやら笑い話やら、俺の話も聞いてもらったりしていたら知らない間に5時をまわっていた。さすがにヤバイと思って今日はココで終わりにする。虎鉄先輩が帰ってくる前に御飯の用意もあるだろうし。ってことで、またスーパーに戻り、買い物をして2人でスーパーを出た。
『今度また遊びにきぃ。虎鉄も会いたがるやろし』
『はぃ!ぜひそうさせてもらいます!!猪里先輩も来てくださいね!』
10分で行ける距離ならまたすぐ会えるだろうしスーパーとかでも会うかもしれない。今度犬飼と一緒に遊びに行こうか。そんなとこを考えながら家に帰ってくる。出しっぱなしだった洗濯物を取り入れ、晩御飯の準備にかかる。明日の朝も食べれるようにと、筑前煮をつくることにした。ほかはまぁ簡単なものをちょこっと。
早めの夕食を済ませて、さっさと風呂にも入ってしまう。やっと一息ついてソファに座り時計を見ると9時を少し回っていた。テレビをつけるとドラマがやっていたのでそれを見る。恋愛ものだったけど結構面白かった。でも見て少し後悔する。
犬飼に会いたい。無性に会いたくて会いたくて仕方なくなってしまった。でもまだ帰っては来ないだろう。寂しさを紛らわせるためにチャンネルを回す。お笑いの番組がやっているから、手をとめて見ていても面白くなくて、でもなにかつけていないと静まり返ってしまうのでテレビはつけておく。髪乾かすの忘れてた・・・・・と
思い、ドライヤーを持ってきて半分以上乾いてしまった髪を乾かす。少しは気が紛れるかと思ったけれど、髪はすぐに乾いてしまう。またすることがなくなってなんとなくソファに寝転び、テレビの画面をじーっと見る。見ているはずなのに内容はさっぱり頭に入ってこない。俺の脳はすでに働きを停止してしまったのか・・・・。そんなことはないんだろうけど。今俺の頭の機能は犬飼のことを考えることのみにしか働かないようだ。
『・・・・・犬飼ぃ』
いるはずのない人物の名をつぶやいても返事など返ってくるわけがない。解ってはいてもつぶやいてしまった。なぜか余計に寂しさが増した気がして俺はぐーっとソファに顔を擦り付ける。
『・・・・・早く帰ってきて・・・・』
今の時刻は夜中の2時を回っている。試合後、チームのやつらみんなで御飯を食べにいって、飲み会にまで付き合わされた。行っても俺は未成年で酒は飲めない。でも先輩が離してくれなくて結局こんな時間に
なってしまった。猿はもう寝てるだろうか?言うことを聞いて寝てればいいんだけど・・・・・あのバカ猿が素直に言うことを聞くとも思えない俺は足早に自分の家へと急いだ。
鍵を開けて中に入ると、かすかだがテレビの音が聞こえる。やっぱり起きてやがったなバカ猿・・・・・と思いつつリビングに入ると、テレビはついているものの猿の姿が見えない。そっとソファを覗くと・・・・・静かに寝息を立てる猿がいた。机の上にはドライヤーが置いてあるところをみると髪は乾かしたようだが・・・・・こんなところでは風邪をひく。とりあえずカバンを置き、猿を運ぼうとした瞬間、猿が目を開けた。
『んあ・・・犬飼・・・・・って!!!犬飼!?』
『とりあえず・・・・ただいま』
『ごめっ・・・・俺寝ちゃって・・・・』
『バカ猿。寝とけって言っただろうが。こんなとこで寝たら風邪引くだろ』
『なんか知らない間に・・・・・。それより・・・お疲れ犬飼』
俺は犬飼にきゅーっと抱きつく。
やっと犬飼に会えた。やっと触れられた。それが嬉しくてたまらなくて俺は自分から唇を合わせる。頬っぺたや目の下にもキスしていくと、犬飼はめずらしく俺を止めに入った。
『ちょっ・・・猿っ?嬉しいけどどうした??・・・・寂しかったか?』
『・・・・・あたりまえだバカ犬っ・・・』
『これからどうするんだ猿?こんなんしょっちゅうだぞ?』
『・・・・・慣れる・・・?』
そんなん今はどうだっていいから犬飼にいっぱい触れていたい。その一心でもう一度犬飼にギュッと抱きついた。
少し安心できたような気はするが、まだ足りない。もっともっとくっつきたい。そんな思いばかりが増す。ぎゅうぎゅうと抱きついていると急に体がふわっと宙に浮いた。まぁ犬飼が俺をそのまま抱き上げたんだが・・・・・。
『なに??』
『とりあえず俺はシャワー浴びてくる。汗かいてるし汚いから。猿風呂入ってるだろ?こんなんじゃ一緒に寝れねぇからな』
『それはわかるけど俺をどこに運ぶつもりだ???』
『寝室。あんなとこで寝たら風邪引くだろ。ココならもし俺が風呂入ってる間に寝ても安心だからな』
そういいながら俺をベッドに降ろした。こんな軽々運ばれても・・・・男としてちょっとな。
『寝てていいからな。すぐ俺も寝るし。明日は練習休みらしいから猿も早く起きることないからな』
それだけ言うと寝室を出ていってしまう。なんか犬飼にあそこまでリードされると・・・・調子狂う。かっこいいけどな。
あぁ〜・・・でもマジで俺、これからあんなんじゃダメだよなぁ・・・。もっとしっかりしねぇと。犬飼が頑張ってんだから俺も頑張らねぇとだよな!!つーか・・・・・こんな短時間会えないだけで泣きたくなるほど寂しくなる俺って・・・・・犬飼依存症??ヤバくねぇか?いろんな意味で。でも・・・犬飼が風呂から上がってきたらもっと引っ付いてやろぉ〜。でも犬飼疲れてるかな??
『なんだバカ猿起きてたのか?』
『・・・・なんか今日帰ってきてから“バカ猿”って多い』
『言うこと聞かないからだ
バカ猿』
『だって・・・・・・もういいじゃねぇか!ってか犬飼お前髪濡れたままだぞ?乾かしてこいよ』
『どっかの猿が寂しがって泣きついてくるから早く来てやったのに・・・』
『ぅ・・・・じゃぁ俺が乾かしてやる・・・・』
俺はリビングに置きっぱなしにしていたドライヤーをとって戻ってくる。犬飼をベッドに座らせて、ドライヤーの風邪を当てると、犬飼の銀髪が流れるように揺れて、シャンプーの匂いがほのかにした。
『こんなもんかな』
ドライヤーのスイッチを切り、棚の上に置くと犬飼が俺の手を引き、俺は犬飼と向き合った。犬飼が座る足の間に立たされて、両手は犬飼の手の上に乗せられて手首辺りを握られている。少し下から俺を見上げるように見た後、犬飼は優しく微笑んだ。
『可愛い・・・猿。寂しい思いさせてごめんな』
『な・・・なに謝ってんだよ。しょぁねぇだろ』
謝ってくる犬飼に少し焦ると犬飼はプッと笑った。そのあと、俺の手を引いてギュウッと抱きしめてくれる。俺がずっと欲しかった感覚に
俺もギュウッと犬飼に手を回す。犬飼はそのまま後ろに倒れていき、俺が犬飼の上に覆いかぶさる形となった。そのままどちらからともなく唇を合わせていく。何度も何度も口付けて、抱きしめあった。さすがに疲れているからエッチする気はないみたいで、ずっとずっとキスだけを繰り返していた。
『そうそう!今日スーパー行ったら猪里先輩に会ってさ、ファミレスでしゃべってたんだよ!なんかキザトラ先輩と一緒に住んでて家ここから10分程度で着くとこだって。今度遊びに来いって言ってたからまた行こうな?』
今日触れられなかった分を埋めるように満たすように何度もキスを繰り返していたのもやっと落ち着き、今は大人しくベッドの中で並んで寝転がっている。もう夜中の4時を回っているのだが寝るタイミングを逃してしまい、今日あったことを犬飼にしゃべってみた。犬飼の方は無事試合にも勝ち、先発で出て投げきったようだ。しかも無失点。さすがだよな!見たかった・・・・。
『猪里先輩と虎鉄先輩か・・・・しばらく会ってなかったもんな』
『だろぉ?キザトラはデザイナーで有名になってるらしいし・・・・猪里先輩はほとんど変わってなかったけどな!』
『そうか。じゃぁ今度会いに行くか』
犬飼も久しぶりに先輩に会えるもんで嬉しいようだ。キザトラの話も聞きたいし・・・・・今度会えるといいな・・・・・・・。
『明日は2人でゆっくりベタベタしよーな!』
そういうと犬飼も嬉しそうに笑ってくれた。その笑顔を見た後、俺は深い眠りへと堕ちて行った。