甘党彼氏
窓の外の葉が紅く染まったと思っていた時季はとっくに過ぎて、木に必死にしがみ付いている枯れ葉が一枚二枚になった。外はすっかり寒くて、外を歩く気すら起きない。だから恋次はこうして俺の部屋にいる。俺も恋次もどちらかといえばアウトドア派なのだが、こんなに寒くてはさすがに外を出歩こうとは思わない。
たまには家でゆっくりするのもいいか・・・ということで、俺は雑誌を読み、恋次は格闘ゲームをしていた。ただ・・・・・・・
『ぬあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!ォラォラォラォラァァァァァ!!!』
うるせぇ・・・・・・。
熱くなるのは解る。それにしてもうるさすぎる・・・・。ありぇねぇだろ・・・・・・。我慢限界だ。
『ぉいコラ恋次ッ!!もう少し静かにしやがれッッッ!!』
『ぅるせぇ一護!!今いいとこなんだ黙ってろ!!』
コイツ・・・。誰の家だと思ってやがんだ・・・・?ったく。あぁなった恋次はなんも聞いちゃいねぇからな・・・。言ったって無駄だな。こぉなりゃ無視だな無視!!
俺は無視を決め込んでさっきまで読んでいた雑誌に目を落とし集中することにした。しばらくページをめくっているとすぐに声は気にならなくなった。しかし・・・・・・
『ぅあああああぁぁぁぁぁぁぁ!!!!なんでだよぉぉぉぉぉぉッッッ!?!?』
さすがにここまで大声を出されたら無視も出来ない。こっちが“なんでそんな声が出んだよ!?”と聞きたい。仕方なくテレビ画面を見ると“ゲームオーバー”の文字が。テレビの前には肩を落としうなだれる恋次がいる。そこまで落ち込まなくても・・・と思うがそんなこと言える雰囲気ではない。俺は恐る恐る声をかける。
『恋次・・・・・・??どしたぁ??』
『・・・・・・アイツに勝ってたら全勝でクリアだったのに・・・負けた・・・・・・』
あぁ〜・・・このゲームの最後のやつってすげー強いんだよなぁ・・・。俺も一回も勝てねぇままだったし。こいつも負けず嫌いだからなぁ〜。もぅ1回始めんのかな?だとしたらうるせぇしなんとかして止めねぇと・・・・。
でもその考えは無駄になる。めずらしく恋次がおとなしくゲームを片付け始めたからだ。
『どぅしたんだよ恋次。めずらしぃな』
『・・・疲れた。もぉ止めだ止め。また今度リベンジしてやる。それより俺甘いもんが食いてぇんだよ。なぁ一護、たい焼き買いに行かねぇか??』
『ぜってーいや。寒いしめんどくせぇ。行くんなら1人で行って来い』
『俺店の行き方覚えてねぇし。なぁ一護、暇だしよぉ〜デートのついでだって』
『あんだけ行っててなんで覚えてねぇんだ?それになにがデートだ。寒いから外でたくねぇんだよ俺は』
恋次は顔に似合わず甘いものが大好きだ。あんことかそのまま
単品で食うし。信じらんねぇ。でも現世の食べ物で一番のお気に入りがたい焼きらしく、しょっちゅうたい焼きを買いに連れて行かれる。っていうかマジで店の行き方覚えてねぇのかよ・・・?
『よし。じゃぁ俺にも考えがある』
そう恋次が切り出した瞬間、俺は嫌な予感がして体がゾクっと震える。その嫌な予感が的中しないことを祈りながら恋次の言葉を待つ。・・・が見事俺の勘は当たった。
『2択だ。今から俺と一緒にたい焼き買いに行くか、ここで俺に一日中・・・ヤられるか』
一日中ってなんだよ!?ヤり殺すつもりか!?恋次って見た目通り激しいから俺本気で死ぬぞ・・・。俺は顔を引きつらせながら
『・・・・・・たい焼き、買いに行くか・・・』
となんとか答えた。恋次は作戦成功とばかりに満面の笑みを浮かべて『ぉうvVじゃぁ行くぞ』とジャンバーを羽織り、部屋を出る。俺もその後を追って部屋を出た。
思った通り外は寒い。こんな寒い日にたい焼きごときで出さされるとは思ってなかった。まぁ恋次にヤり殺されるよりマシか・・・?そんなんでいいのか俺・・・。
つーかマジでコイツ道覚えてねぇんだろうな??寒い中1人で出て行くのがしゃくだったから俺まで道連れにしたんじゃねぇだろうな??
『ぉい恋次。ほんとに道知らねぇのか??』
『知らねぇって。さっきから言ってんじゃねぇか。っておぃ一護、これどっち曲がったらいいんだ??』
その発言を聞いて俺はコイツが本気で道がわからないことを知った。
『こっちか?』って全然逆方向指差すし・・・。
『ちげぇよ。あっちだあっち』
正しい道を教えてそっちへ引っ張る。そのときに腕を引っ張ったのがいけなかった・・・。俺は激しく後悔することになる。
『なんだよ一護vV大胆だなぁ。こんなとこで。繋ぎたいんなら繋ぎたいって言ってくれりゃぁいいだろぉが』
と言って手を繋いでこようとする。
『なッ・・・何でそぅなんだよ!?繋ぎてぇとかいってねぇし』
俺はいそいで掴んでいた手を放し、恋次が繋ごうと伸ばしてきた手を振り切る。
初めから行く方向にさえ向かせれば放すつもりだったし。こんな人がわんさかいるとこで手なんか繋げるかよ。いい年した男が手なんか繋いでたら明らかに怪しいだろ・・・。
ただでさえ今夕暮れ時で買い物に来てるおばちゃんとか多いのに。知り合いに見られでもしたら近所の噂話にされるに決まってる・・・。
『アホなこと言ってないでさっさと行くぞ!!寒いんだよ!!』
ニヤニヤしやがって。俺をからかう時の顔してやがる・・・。
俺はその顔を見るのにムカついて先に歩き出す。たい焼き屋まであともうちょいだしさっさと買って帰ろう。
『待てよ一護〜』
『ぅるせぇって!!さっさと来いアホ!!』
後ろも振り向かず声だけで急かし、俺はさらに歩くスピードを速めたい焼き屋へと行き、また同じように早歩きで家へと急いだ。
無事何事もなく帰還。一護はホッと胸をなでおろした。しかし恋次はご立腹である。大好物のたい焼きを前にしながらなぜなのか?
『ぉまえ・・・ぉい一護!!デートになんねぇじゃねぇか!!』
『なにがデートだ!!たい焼き買いに行っただけだろうが!』
恋次にとってはどんなに短い距離であろうと2人で出かければデートということになる。それを一護は歩くスピードを速めろくにしゃべることも許されない状況に持っていった。それに腹を立てていた。ということは・・・恋次の中でたい焼きより一護とデートの方が大切・・・ということか?
『もぉいいだろ・・・たい焼き食っとけよ。冷めるだろうが』
俺はなんだか知らねぇが怒っている恋次をほっといて袋の中からたい焼きを1つ取り出しかぶりつく。
それを見て恋次もしぶしぶ袋の中からたい焼きを取り出し頬張った。それでもいつもみたいに“ぅめぇ〜!!”とは叫ばない。どこかしょぼくれている。俺はどうもこういう顔をされると弱い・・・。
『あぁ〜・・・ったく。デートは今度行ってやるから・・・・・・だから・・・・』
『ほんとか!?絶対だぞ!!』
まだ最後まで言い終わっていないのに恋次は身を乗り出して俺に詰め寄ってくる。なんとか元気は出たようだ。さっきとたい焼きの食い方が違う。俺まだ一個も食べ終わってねぇのに恋次はもう三個目に手を出している。これだけ旨そうに食われると寒い中買いに行ったかいがある。
俺は最後の一口を口の中に収める。たい焼きなんか一個で十分だろ・・・。ほんとにこいつどんだけ甘いの好きなんだよ・・・。たい焼きも十個買わされたし。袋の中はみるみるなくなっていき、残り三個。これも二、三分後にはもうないだろう。そう思っていると、恋次が俺をジーっと見ていることに気付く。
『もう食わないのか??』
『あぁ、一個で十分だ。遠慮しねぇで食えよ』
『おぅvV・・・ん?一護、口にあんこついてんぞ?』
『あ?どこ?』
俺は手で口元を拭う。でもどこにも付いてないようで・・・。
どこなのか聞こうと思い顔を上げた瞬間、目の前にドアップの恋次。一瞬何が起こったかわからなかった。脳が理解する前に恋次が離れていき、『ごちそーさんvV』と言った。それを聞いてやっと俺の思考が再開する。
『てめ・・・何しやがる!!あんこなんかついてなかっただろ!?』
『騙されるお前が悪いんだよバーカ』
急にしやがって・・・。何事もなかったみたいに幸せそうな顔して残りのたい焼き食ってるし・・・。ムカつく・・・。
でも唇に残ってるのは柔らかな感触と、たい焼きを六個も一気に食った甘い甘いあんこの味だった。
end