大切な人





『ちーっす浦原さん!』

 最近の俺の日課。
それは学校帰りに浦原商店に寄ること。
いや、これはただしくねーな。
正直に言うと、その・・・・・・浦原さんに・・・・会うため?だったりする。

『いらっしゃい黒崎サン。今日はいつもより遅かったっスねぇ』
『毎週金曜日は掃除当番なんだよ』
『そりゃご苦労様です。学生サンは大変っスねぇ』
『浦原サンは今日も暇なのか?』
『そこを言っちゃぁいけない』

 浦原さんは少ししょぼくれながら俺を中に招きいれる。
店の中じゃなくて、部屋の中。
俺も構わずいつも通り上がらせてもらって、座布団に腰を下ろした。
浦原さんは座る前に隣の部屋にいたジン太に声をかけていた。たぶん店番を頼んだんだと思う。
ジン太は渋々、店の方へと歩いていった。

『お待たせしましたぁ〜』
『よかったのか?まかせて』
『いいっスよぉ〜。どうせお客も来なくて暇な店ですから。そんな店にいるより・・・・黒崎サンといる時間の方が大切っスからねぇ〜』

 ふざけた顔が一瞬真剣になり、ニヤリと口元を歪めて見つめられる。
そんな顔にすらドキッとしてしまう俺はかなり重症だろうか?
どうにもそんな空気に弱くて俺は浦原さんから目を逸らす。それでも痛いくらいに感じる視線までは防げないが、目を合わしているより幾分かマシだ。
 だってどうしていいのかわからない。愛想笑いもなにか違う気がするし・・・・・。
大人の浦原さんとの歳の差を感じてしまう瞬間。

『可ぁ愛いっスねぇ〜。黒崎サン』
『なっ・・・何・・・がだよ・・・?』
『そうやってすぐ・・・赤くなるとことか・・・』
『うっ・・・』
『反応に困ってるところとか・・・・・』
『うぅ・・・・っ』
『全部可愛いっスよぉ。・・・・・・・めちゃくちゃに抱きたいぐらい・・・』

 また急に真剣になる。
その真剣な目にも言葉を詰まらせて返せなかったけど・・・・・・今なんつった??抱き・・・・ッ!?!?
いやいや・・・・・待て待て待て。そんな急に言われても無理だし!!
 パニクって、顔を赤くしながら口をパクパクさせていると、浦原さんは急に立ち上がった。
そしてそのまま俺に近づいてくる。
思わず後ずさる俺。

『まっ・・・・・来んな!!ちょっ・・・・うらっ・・・・・・・浦原さん!!』
 両手を前に出して迫ってくる浦原さんを止めようとする。
でも言葉もなにもかも無視で、とうとう俺は壁に追い詰められた。逃げ道はない。
もうダメだ・・・・と目をギュッと瞑った刹那、前に出していた手を取られて、その直後に唇に柔らかな感触。
最近やっと慣れた口付けにさえもビクつく。
固く目を閉じている分、次の行動がまったく把握出来ず、余計に体がビクビクと震える。
 ゴソッと服の裾から手を入れられた瞬間、耳元に吐息を感じ、小さく震えた。
囁かれた言葉は・・・・

『嘘ですよ。なにもしませんって。怖がらせちゃいましたねぇ』

 優しく地肌に触れた手は服の中から抜かれ、代わりに額に柔らかく押し当てられる唇。
まだ目を開けられない俺の目尻や頬、唇にギリギリ触れるか触れないかのところにキスを落としながら緊張を解してくれる浦原さん。

『っくすぐってぇよ・・・・』

 やっとのことでそれだけ言えるまでになった俺はゆっくりと目を開けて、目と鼻の先にいる浦原さんを見る。
そしたらニッコリと笑って顔が近づいてきて・・・・・・。
俺は自然に目を閉じてそれを受け入れた。
何度も何度も啄ばむ様なキスが繰り返されて・・・・・。
しばらくそれがやむことはなかった。




『あのさ・・・・浦原さんはやっぱ・・・・その・・・・ヤりてーの?』
『そーっスねぇ・・・・・。したくないって言ったら嘘になりますかね。でも今はいいっスよ。黒崎サンがしたいって思うまで待ちます』
『・・・・・。我慢できんの?』
『はぃ。アタシも今はこれで十分っスから・・・』

 ちゅっ・・・と唇をさらっていったかと思ったらその直後キツく抱きしめられる。
それが妙に安心出来て心地良い。
俺はこれで十分だけどさ。浦原さんはやっぱ無理してるんだろうし・・・・。
 俺だってまったく考えなかった訳じゃねぇけど・・・・・。
そういうのわかんねぇし。
“したい”よりも、まだ“怖い”の方が強かったりするわけで・・・・・。実際さっき迫られたの怖かったしな。
 俺はただただ浦原さんに謝ることしか出来なくて、抱きしめられながら小さく『ごめん』とだけ口にした。

『なぁに謝ってるんスか黒崎サン。こういうのは自然に心の準備が出来るもんなんスよぉ』
『けど・・・・』
『大丈夫っスから。お互い同じ気持ちじゃなきゃぁ意味ないでしょ?だからゆっくり準備すればいい』
『準備・・・?』
『あぁ・・・準備と言っても意識する必要ないっスから。自然に出来るもんすよ。貴方は今までどおりで良い』
『・・・・ありがとう、浦原さん』
『あっ、体がアタシを求めてしょうがないってんならいつでも言ってくださいねぇ〜』

 最後そんな風に茶化したのは、俺が沈んだのを吹っ飛ばそうとしてくれたからだろ?
そんな風にあんたはいつも俺を護ってくれる。
そんなあんたと、いつか同じ気持ちになれたらいい・・・・・いや、なりたいなって思う。
それまで、もうしばらく待っててくれよな。
それを伝えるように精一杯腕に力を込めて抱きつくと、もう1度優しいキスをくれた。




                                                                      end