『悪ぃ獄寺。今日はちょっと早めで・・・・6時ぐらいに終わると思うんだけど・・・・』
『わーったからさっさと行ってこい野球バカ』

 獄寺に背中を叩かれ、その勢いで一歩前へ足が出る。
そのままもう片方の足も前に出して・・・・・“行ってくる”と獄寺に手を振ると、目線を逸らしながら・・・・でも頬を染めて片手を挙げて送り出してくれた。

 今日の練習は早めに終わるということで獄寺と一緒に帰る約束をした。
早めとは言え、獄寺を2時間ぐらい1人にしてしまうことになるため、一緒に帰ろうと言うのはためらっていた山本だったが・・・・獄寺から誘ってくれたのだ。
 そのこともあって、山本は練習に身が入り、いつにも増して集中して練習することが出来た。
バッティングも絶好調で監督も驚くほどだった。
練習してるときはそれに集中しているからいい。
それでも、休憩に入るとふと思ってしまう。
獄寺は何をしているんだろうか?
下駄箱で待っていると言っていた。誰もいない校舎の中で1人何を思っているんだろうか?
もしかしたら・・・・帰ってしまったのではないだろうかという不安にもかられる。
そんなことはないだろうと首を振り、そんな考えを振り払ったとき丁度休憩終了を知らせる監督の声が聞こえる。
残り1時間。しっかり集中して早く獄寺を迎えに行こう。
そう気合を入れなおし、グラウンドに駆け出した。


 2時間の練習が終わり、いそいで帰り仕度をする。
『山本〜、今日2丁目のラーメン屋寄ってかね?あそこのラーメン超うめぇんだぜ?』
『ん〜悪ぃ。今からちょっと用事あんだよ。また誘ってくれな?』
『山本行けねぇのかよ〜。まぁいいや、今度行こうな!』
 友人の誘いをやんわりと断りつつ、山本は急いでいた。
制服を着て、練習着をカバンに詰めこむ。
友人達に一声かけて、いそいで部室を出た。
獄寺が待つ下駄箱に向かうために。




 部室から出た後、山本は下駄箱まで走った。
1分も1秒も、獄寺を待たせたくはない。
早く会いたくて、練習で疲れているはずの体で走っても、さほど苦痛にはならなかった。
 いてくれるだろうか?
その不安だけが山本の胸を締め付けていたが・・・・。
下駄箱についたとき、確かにそこに獄寺の姿があって・・・・。
小さく華奢な背中をこちらに向けてしゃがみこみ、タバコをふかしているのか、煙が見える。
ホッとしたのと嬉しい気持ちが一緒に押し寄せて、その背中に微笑みかけた。
それと同時にゆっくりとその背中に向かって足を進める。
気付かれないように。
驚かすか・・・それとも・・・・・抱きしめるか。




『わっ!!』
『ぎゃーーーーーッッ!!!なんだ?!?!・・・・って・・・・山本・・・・っ』


 悩んだあげく、山本は結局両方を取った。
驚かしながら、後ろからそっと抱きしめてやったのだ。
思ったとおりと言うか・・・・それ以上の反応を示してくれた獄寺に微笑みかけると、獄寺は叫んだことが恥ずかしいのか、照れ隠しに怒鳴り散らす。


『ただいま獄寺!待たせてごめんな』
『いいから離せよ野球バカ!!』
『え〜・・・もうちょっとこのままでもいいじゃねぇか』
『っせぇな!さっさと帰んぞッ』


 しぶしぶ抱きしめていた腕を放し、獄寺を解放する。
獄寺は立ち上がり、横に置いていたカバンを拾うと、“とっとと帰んぞ”っと歩きだした。
山本はそれを追いかけ、横に並ぶと獄寺の手を取り繋ぐ。
獄寺がすんなりそれを許す訳もなく、“こんなとこで何やってんだ!離しやがれバカ野郎!!”などと騒いだが、山本はいつも通りのペースでまぁまぁと獄寺を沈める。


『こんなに暗いし、人もあんまりいないからいいだろ?人が来たら離せばいいしさ』
『・・・・ッカヤロー・・・・』


 しぶしぶと言った感じで了解した獄寺はもう抵抗することはない。
獄寺自身、恥ずかしいというだけで手を繋ぐことが嫌な訳ではないからだ。
山本もそれをわかっているから“離せ”と言われて簡単に離しなどしないのだけど。
 暗い夜道を2人で歩く。
幸い今はまだ誰にも会っていないため、手は繋がれたまま。他愛もない話をしながら歩く。
ふと会話が途切れ、沈黙。
この沈黙が気まずいとは思わない。逆に心地良かったり・・・・・。
その沈黙を破るように山本が口を開いた。


『獄寺、待っててくれてありがとな』
『・・・・・ったりめぇだろバーカ』


 その言葉が嬉しくて、にやける顔を隠せなかった。



                                                                     end