moon light
暗い夜道を2人並んで。
家にたどり着いてしまったらまた明日まで会えないとわかっているからか、どうしても重くなる足は2人の歩幅を縮め、速度までもを遅くさせた。
別にどちらかに会わせて歩いているわけではなく、それはお互い同じ気持ちだからこそで。
握られている2つの手は力強く。まるで絶対離しはしないとでもいうように。
そんな風に思っているくせに・・・・・・平然を装ってしゃべっている2人。
とっくに態度に出ているのに。
『今日の野球の調子どうだったんだよ?』
『ん〜まぁまぁかな!昨日よりは打てた!!』
嬉しそうに話す山本。
絶えずニコニコ。
本当に野球が好きだと伝わってくるその笑顔に俺も少し嬉しくなった。
つられて笑いこそしなかったものの、いつものように睨んだりすることはなかったと思う。
俺は毎日山本に野球のことを聞く。必ず。
それは別に話題がないから・・・・とかじゃなくて・・・・・ただ野球のことを話す山本の顔がすげー好きだから。
野球が好きだって素直に顔に出てる。清々しいほどに笑みをこぼす。
その笑顔がすげー好き。
俺の顔が赤くなってんじゃねぇかってぐらい。
だから・・・・・その顔を見るために俺は毎日野球のことを聞く。
『獄寺今日タバコ何箱吸った?』
『・・・一箱』
『ん、今日は少なめなのなぁ〜。えらいえらい』
コレは山本が俺に毎日聞くこと。
普通何本?って聞くんだろうけど、俺は今まで“何本”なんかで納まったためしがない。だから山本も“何本”で聞くのをやめたんだと思う。
なんでわざわざタバコ何箱吸ったとか聞かれなきゃならねぇんだって前に一度聞いたら・・・・・俺の体が心配だから・・・・って答えやがった。
詳しく言うと、その日の本数で俺のイライラ度がわかるかららしいんだが・・・。
イライラしてるとどうしても本数が多くなるからな。
だから今日は少なめ。
別にイライラすることなかったし・・・・・。俺の基本一箱だしな。吸いすぎだとは思うけど・・・・・。
まぁこれで俺の体調とか気分とかを把握してるらしい。
これはまぁ必ずする会話。
他は別に・・・・・教室でのこととか、十代目の話とか。
その日によって違ったりする。
そんな話は・・・・・どうでもいい。
2人でいれるだけで・・・・・・2人で何か話してるってだけで。
内容なんかはなんでもいいんだ。
『あ〜・・・・獄寺、上見てみろよ』
『上・・・?』
言われたとおり上を見上げると空高く上がった月。
完全に丸いかはわからないが・・・・・・たぶん満月。
今日はやけに高い位置にある。
月がいつもより小さい。
それでも足元まで照らしているかのように明るく輝いていて・・・・・とても綺麗で。
今まで月を見てこんななんともいえない気持ちになったのは初めてだ。
綺麗・・・・それすらも強く思ったことなどない。
山本と2人で見る月がこんなに綺麗なんて思わなかった・・・・・。
『天気いいのな〜。月も星もキレイだ。それになんか空明るくねーか?』
『あぁ・・・・・明るい』
一段と光が増して見えるのは気のせい?
もしかすると今歩いている道よりも空の方が明るいかもしれないと思うほど。
2人して空を見上げたまま歩く。
いつの間にか山本の家の前。
2人の間に流れる空気が一瞬で重いものに変化して・・・・・。
しばらくの沈黙の後俺はバッと顔を上げ片手をあげる。
『んじゃぁまた明日な!』
『あぁ・・・・気ーつけて帰れよ?』
『女扱いすんじゃねぇよ!』
あんまりしゃべると帰りたくなくなる。
だから俺は急いで山本から目を逸らし足を進める。
きっとまだ山本は俺を見ている。
あの曲がり角で俺が曲がって見えなくなるまで。
振り返ったらそのまま山本のところまで走ってとびつきそう・・・・・・。
それがわかっているから振り向かない。
振り向きたい気持ちを抑えてなんとか曲がり角を曲がったところでハァ・・・っとゆっくり息を吐く。
少し早歩きしていた足が攣りそう。
歩く早さを緩め、ふと上を見上げる。
月はさっきと変わらず・・・・・。いや、さっきよりもなんだか薄れて見えて・・・・・。
やっぱり2人で見るほうが綺麗だ・・・・・。
そんなことを思った。
1人で帰る帰り道はさっきよりもさらに足が重くて。
思わずポケットの中の携帯電話を握った。
今別れたばかりなのに、もう声が聞きたい。
電話で話をしながら帰ったらこの1人の帰り道も寂しくないだろうか?
でもきっとそれに1度甘えたらもっともっとと先を強請ってしまう。
声だけじゃ足りなくなって、会いたくてたまらなくなると思う。
それが怖くて携帯から手を離した。
また明日会える。
そう思えば、明日なんて帰って寝てたらすぐの時間で。
でも・・・・そう考えたって満たせない心。
たったそれだけの時間なのに。我慢できないのが困る。
考えれば考えるほど会いたくて会いたくて。
押しつぶされそう。
その時、ふいに手を引かれ、俺は重心を後ろに持っていかれ、それに倒れこんだ。
倒れる俺を支えた何かからは慣れ親しんだ大好きな匂い。
ゆっくりと顔をあげると、息を上げた山本。
驚きに目を見開くと二カッと笑い返してくる。
『なん・・・・で・・・?』
『月・・・・キレーだからさ、もっと2人で見たくてよ。親父に言って、ココまで走ってきた』
『なんて言ってきたんだ?』
『獄寺の家に泊まってくる・・・って』
『・・・・また勝手に・・・・』
そんな悪態をつきつつも嬉しい俺はニヤける顔を隠すのに山本の胸に顔を埋めた。
嗅ぎ慣れた匂いが落ち着く。
山本はしがみ付く俺の背中に腕を回し、ぎゅぅっと俺を抱きしめた。
暗闇でそっと唇を合わせる俺達を月明かりが照らした。
end