あの日の誓い
『っ・・・・・・・なにしやがるッ!!?』
『文句あるのか?』
いきなり後ろから投げ付けられたグラス。
しかも中にはまだボスが飲みかけだったワインが入った状態で。
当然中身もこぼれ、落下したグラスは無残に割れた。
俺の後頭部に直撃したそれは・・・・・
髪をぐっしょりと濡らして、毛先を伝ってポタポタ墜ちる。
"文句あるのか?"
と言われれば・・・・・
そりゃぁ文句だらけだ。
だが言えるはずもなく・・・・・・・
静かに舌打ちした後、ボスの部屋から出る。
向かうのは風呂場。
途中、すれ違った部下にボスの部屋の割れたグラスを片付けることを命じておく。
あいつのことだぁ。
絶対放置するに決まってるからな。
グラス一杯とは言え、結構な量だったらしい。
濡れた髪が少し重い。
ベタベタするのも気持ち悪い。
素早く服を脱ぎ捨て、風呂の中へと入った。
シャワーのコックを捻り、まずはベタベタを洗い流す。
愛用のシャンプーを手に取った瞬間、背後に気配を感じ・・・・・・・
『ぁ゛??誰だぁ!!?ッ・・・・・・・?!?!』
振り替えると同時に
その誰かに後ろからガッシリと体を押さえられ、身動きが取れなくなる。
自由な首を捻り、
その人物を見ると・・・・・・・
『・・・・・ッボス・・・・・・・・?!』
俺の手を掴み、自由を奪っているのは、俺をココへ来させた張本人。
『何入って来てんだッ。出てけよ』
『俺がどこでなにしようが勝手だ』
『ッ・・・・・・。とにかく離せぇ』
意外にもすんなりと手を離した。
だが・・・・・
出て行くつもりは毛頭ないらしい。
それでも関係ないか・・・・・と髪を洗おうと座り直すと・・・・・・・
『待てカス。俺が洗ってやる』
信じられない言葉。
こいつが人のことを自分からしてやろうなんて言うのを聞いたことがない。
俺の聞き間違いかとボスをしばらく見ていると、俺のシャンプーに手を伸ばし、それを泡立てて俺の髪に馴染ませ始めた。
信じられねぇ・・・・・・
このボスが。
『ぅ・・・・・・・ぉ゛ぃ・・・・・ボス???どぉしたぁ??』
『長ぇ髪だな・・・・・』
俺が聞いたものに対しての答えはなしだ。
だが・・・・・・・
『ボスが伸ばせと言ったんだぞぉ』
『ブハッ・・・・・・・そんな昔のこと、まだ覚えてたのか』
『当たり前だぁ!!』
"俺は長ぇ方が好きだ"
そう言われたその日から、俺は髪を切っていない。
たまに整えてたぐらいだ。
ボスが・・・・・・
好きだと言ったから。
その言葉一つのために、俺はここまで伸ばして来た。
『嫌なら・・・・・・・切るぞぉ』
『切んなよ。絶対にだ』
絶対・・・・・・・なんて念押さなくても切る訳がない。
ボスに言われたんだからなぁ。
だけど・・・・・・
『なぁボス、なんでそのまで長い髪にこだわんだぁ??』
もう一度聞きたい。
あの言葉が。
『うるせぇ。流すぞ』
『え・・・・・・・ぶぁッ・・・・つっ・・・・・目にシャンプー入ったぞぉ・・・・・・っ』
いきなり髪に大量のお湯をかけられたため、目を瞑るのが間に合わなかった。
シャンプーがしみる。
洗い流したいのに目を開けられないため、シャワーがどこにあるか分からず、目に手を当てる。
その手を唐突に取られ・・・・・・・
瞼にぬめぬめと生暖かい何かが触れる。
だんだんと涙が滲んで来て、それによってシャンプーが流されていっているのか、徐々に目の痛みが引き、うっすらと開けるようになった。
瞼に触れたものの正体はボスの舌。
少し涙ぐむ目にそれを吸い取るようなキスを左右に落として、離れていった。
すると、ボスが急に・・・・・
『・・・・・・この髪が好きだからだ。お前の髪は細く綺麗だからな。短くてもよかったが・・・・・風になびいて光るこれがあまりに綺麗に見えたからだ』
それは俺が欲しかった言葉。
それ以上の言葉。
これを聞いて、
なぜボスがこの風呂場に来て俺の髪を洗ったのかがわかった気がした。
これは・・・・・・・
ボスなりの謝罪なんだろぉな。
それがわかるとこの仏頂面が愛しく思えて・・・・・・
俺は自分から唇を寄せた。
その後は、俺がボスの髪を洗ってやって・・・・・・
風呂場から出た後、髪を乾かすと、
しばらくボスは俺の髪に手をとおして遊んでいた。
これは・・・・・
永遠の誓い。
end